「ヒョウガ殿……か。そこにいるのは」
寂しく頼りない蝋燭のともしびだけが唯一の明かりとなっている霊安所でヒョウガの名を呼んだのは、我が子を失ったばかりの不幸な父親だった。
神の意思に背く死を選んだ我が子に最期の別れをするために、彼はまるで神の目を恐れるようにひっそりと、この場所にやってきたものらしい。
シュンの不幸な母親と、そして、つらそうな顔をしたヒョウガの両親が一緒だった。

ヒョウガの手に、蝋燭の炎を反射するものが握られていることに気付き、不幸な父親が慌ててヒョウガの側に駆け寄ってくる。
手にしているものを渡すようにと命じる仕草をして、彼は寂しい声でヒョウガに告げた。
「シュンのためを思うなら、馬鹿なことはやめてくれ。君はロミオとジュリエットの悲劇を再び繰り返すつもりなのか」
「シュンのためなら、そんなことはしないでちょうだい。シュンはあなたに幸せになってほしいから、死を選んだのです。――いいえ、こういう生き方を選んだの……!」

非の打ちどころがなかった婚約者の両親の後ろに、ヒョウガの両親が青ざめて立っている。
この罪は死をもって償わせるしかないと思い、言葉に出してそう言うことまでしても、彼等は本心から息子にそんな贖罪を望んではいなかったのだ。
息子の覚悟を良い・・方にとっているらしい両親に、ヒョウガは自嘲するように告げた。
「俺がそんなに殊勝な男だと思っているのなら、それは買いかぶりというものだ。俺は自分のためにこうするんだ。俺がシュンの側にいたいから」

最後まで我儘で自分勝手な息子でいた方が、愚かな息子を持ってしまった親たちの傷心を深くせずに済むだろう――。
これが最初で最後の、あまりにささやかすぎる親孝行と考えたヒョウガは、笑って、彼に命を与えてくれた者たちに憎まれ口を叩いてみせた。
だが、それは、彼の両親には何の慰めにもならなかったのである。

「そんなことは神がお許しにならない――などということは、私は言いません。でも、きっと、シュンさんが許してはくれませんよ」
母に涙ながらに訴えられて、さすがにヒョウガは返す言葉に詰まったのである。
だが――。
「だが、俺は、シュンなしでは生きていられないんだ! シュンが、俺の側で笑っていてくれないと……!」
いつも親に反抗してばかりいた息子の、おそらくは初めての、正直な、血を吐くように悲痛な叫び。
いつのまにか親に反抗してみせるだけの子供ではなくなってしまっていたヒョウガの激しさに、彼の親たちは気圧けおされてしまった――ようだった。
そんな両親の上から視線を逸らし、ヒョウガは死んだ者が横たわる石棺の中に収められた婚約者の上に、その視線を移したのである。

側でシュンが笑っていてくれさえすれば――。
それがヒョウガの唯一の望みだったのに、棺の中のシュンの瞳は涙で覆われていた。






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