その日、俺は、空になったペットボトルを持って、超有名な別荘地にある某有名ホテルの中を うろうろしていた。 ホテルのどこにもペットボトルを捨てられるゴミ箱が見当たらなかったんだ。 この辺りの奴等はお茶の類はちゃんとした食器で飲んで、ペットボトルの飲料なんか口にしたりはしないんだろうか? ――なんてことを考えながら、俺はホテルの中を行ったり来たりしていた。 別に急いでしなければならないことがあるわけでもない俺は、自分でも馬鹿なことをしていると思いつつ、ペットボトルを捨てられるゴミ箱を探して、ホテルのロビー、ラウンジ、廊下をうろつきまわり、しまいには建物の外に出てテニスコートのある方にまで足を伸ばした。 スポーツをする奴等なら、ペットボトルで水分を補給することも多いだろうし、そうなれば当然、テニスコートの近辺にはペットボトルを捨てられるゴミ箱もあるだろうと、俺は考えたんだ。 そこいらに放り投げてしまえばいいのだと思わないでもないんだが、俺の両親は その手の躾にだけは厳しかったから、俺の中には、そこいらにゴミを捨てる行為はとんでもない悪行だという強迫観念が形成されている。 俺は、タバコの吸殻や紙クズを平気で公道に捨てるような輩は、俺とは違う人種だと感じるね。 そういうわけで、俺はわざわざホテルの建物の外にまで出たんだが、あいにく俺はそこでも目当てのものを見付けられなかった。 仕方がないから、部屋に持って帰るかと考えて、俺がテニスコートに背を向けた時。 「捨てるところをお探しですか」 と、俺に声をかけてくれた奴がいた。 「ああ」 地獄で仏に会った気分で(いくら何でも大袈裟か)振り返った俺は、その場で棒立ちになり、そして息を呑むことになった。 俺に声をかけてくれた その親切な子供――子供だろう――は、ものすごい美少女だったんだ。 歳は中学生――いや、高校生にはなっているんだろうか。 化粧品のCMに出てくる女優やモデルでも ここまでなめらかな肌は持っていないだろうと断言できるほど綺麗な肌、澄んだ瞳。 もちろん、その造作も奇跡を目にしているように見事なもの。 それは本当に目が覚めるような美少女で、実際その時まで半分寝ぼけているようなものだった俺は、彼女の姿を視界に映した途端、これ以上ないほど明瞭に目が覚める思いを味わった。 本当に覚めた。 決して派手ではないが、驚くほど整っている面立ちが冷たく感じられないのは、表情が優しいからなんだろう。 印象的で、鮮やかで、俺は彼女の上から いつまでも目を離せなかった。 いわゆる釘づけ状態というやつ。 『鮮やか』と言っても、彼女のそれは、毒々しい原色の鮮やかさじゃなく、純白の輝くような鮮やかさだった。 姿勢がよくて、生気に満ちていて、本当に全身が光で覆われているように見えた――光を放っているように見えた。 「あちらの方にありましたよ」 その美少女が やわらかく微笑って、俺の手にしている間抜けなものを収める場所を教えてくれる。 「ど……どうも」 俺は、それだけ言うのが精一杯だった。 どもって礼を言い、俺は、がくがくと音がするような不自然さで、彼女が指し示してくれた方に向かって歩きだし、5歩進んだ時にはもう自分の要領の悪さに臍を噛んでいた。 つまり、『せめて名前を聞けばよかった』『ケータイ番号を聞けばよかった』と、後悔することになったんだ。 俺は もてない草食系、女の子の名前やケータイ番号をゲットしようなんてことを考えたことは これまで一度もなかったし、そういう行為を実践しようとしたこともなかった(『ケータイ番号を教えてくれ』なんて、世の男共はどんな顔をして言うもんなんだ !? )。 だが、この時ばかりは、俺は自分のそんな不甲斐なさを心から憎んだ。 そして、『彼女はこのホテルの宿泊客なんだろうか?』とか『どうにかして彼女と近付きになれないだろうか』とかそんなことを考えて――そんなことを考えている自分に驚いた。 何を考えているんだ、俺は。 たった二言三言 言葉を交わしただけの相手に。 しかも、彼女は俺よりかなり年下で、どう見ても俺には不釣合いな高嶺の花だ。 でも、本当に優しそうな目をしていた。 実際、どこから何をどう見ても“冴えない男”以外の何者でもない俺に親切にしてくれた。 その日の残りの時間を、俺は、自分がここに来た目的も理由もすっかり忘れ、ひたすら ぼうっと呆けたままで過ごすことになった。 『彼女に もう一度会いたい』 一日が終わって就寝することを思いついた時、俺の頭の中にあったのはその一念だけだった。 |