スイーツフェアとやらが開催されるっていう次の土曜までの一週間を、俺は瞬と共に過ごした。 その間、俺は瞬に関する情報を数多く手に入れることができた。 瞬がとても善良な考え方をする人間だということ、あらゆる物事に優しく好意的な視線を向けている人間だということ。 瞬は理不尽な暴力を心から憎んでいるようだったが、そういう力を振るわざるを得なくなった者たちまでを憎むことはせず、むしろそういう人間たちに対しては同情的で――ともかく、瞬は、姿も仕草も考え方も、あらゆることが優しい人間だった。 世界に対して そういうふうに優しい気持ちを持てているってことは、瞬が素直で前向きな人間だということ。 瞬がいつも希望に満ちているということだった。 俺とは正反対に。 俺が停滞し濁っている淀みなら、瞬は澄んで清らかな早瀬。 俺が曖昧模糊として陰気な薄闇なら、瞬は光そのもの。 俺ほど瞬に似つかわしくない人間もいないだろうと、それは自分でも思ったさ。 だが、だからこそ、瞬を俺のものにしたいという俺の願いは際限なく膨らんでいったんだ。 瞬の光、瞬の清らかさ、瞬の力――それらのもので、俺は、瞬に、俺を変えてほしかったんだ。 瞬は目的のスイーツフェアが終わったら、そのまま東京に帰る予定のようだった。 俺に残された時間はほとんどない。 「フェアは10時から始まるんです。丸々二日かけて、すべてのパティシエのケーキを食べてみせますよ」 と、瞬は言っていた。 瞬は、今日一日ホテルを出ないだろう。 『チャンスはきっといくらでもある』『この土日が勝負だ』と、ある意味 矛盾したことを自分に言いきかせて、俺はその日、ホテルのロビーで瞬のお出ましを待っていたんだ。 やがて、俺の光が その姿を現わす。 だが、よりにもよって その日に限って、瞬は一人ではなかった。 瞬の横には、瞬以外の人間がいた――。 やたら派手な様子をした金髪の男が一人。 今まで一度もホテル内で見かけたことのない男だったから、おそらく昨夜 遅くにホテルに到着したんだろう。 夕べ、俺が瞬と別れたのは、夕食を一緒にとってからだった。 金髪碧眼、いかにもバタくさい顔をしているが、ケーキを作るような人間には見えない。 ということは、その金髪男は、スイーツフェアのためじゃなく、瞬のためにこことにやってきた男だということだ。 認めたくはないが、とにかく何もかもが嫌味なくらい決まった男だった。 あの瞬と並んで、全く遜色がないどころか、むしろ瞬より人目を引く。 なんなんだ、これは。 俺は、瞬と一緒にいて、周囲の人間から振り向かれ、俺自身も見映えのいい男になったように錯覚していたが、それは確かに錯覚に過ぎなかったことを、俺はその男によって思い知らされた。 そういう錯覚に酔うことができるように、人間は鏡なしでは自分の姿を確かめられないようにできているんだろう。 とにかく、恐ろしく目立つ二人連れだった。 それはそうだろう 一方は、あの花のように可憐な瞬で、もう一方は、何かを勘違いしたハリウッドスターみたいに派手な風貌の男。 態度も、目付きも、所作の一つ一つに自信をみなぎらせているような――男なら誰だって反感を抱くようなタイプの男。 あの男に比べたら、俺を見下す悪友共の方がずっとましだ。 奴等は一応、俺がそこにいることくらいは認めてくれている。 だが、あの青い目には、俺の姿なんか映っていないに違いない。 金髪男の手は、それがいかにも当然の権利というように、瞬の肩の上に置かれていた。 その様子をロビーの隅にあるソファで身体を硬直させ窺っている俺のみじめなことといったら! 堀辰雄でも立原道造でも、今の俺のみじめさを完全に表現しきることはできないだろう。 それでも俺は二人から目を逸らすことができないんだ。 みじめな気持ちが増すだけだっていうのに。 二人の姿を追う俺の目は、やがて、さもしいことに、瞬と一緒にいる金髪男の欠点を探すそれに変わっていた。 現実世界を生きていくには優しすぎ善良すぎるという欠点が瞬にあるように、一見完璧なその金髪男にだって、何か欠けたところがあるだろう。 それを見付けださないことには、俺は生きていけない。 あまりに自分がみじめすぎて。 だから、俺は俺の命を守るために、瞬の連れの男を睨み続け――そして、見付けたんだ。奴の欠点を。 奴の欠点――それは、俺の感覚で言えば、致命的な欠陥だった。 瞬が楽しみにしていたスイーツフェアは、大きなホールにパティシエたちが一堂に会して行なわれるものじゃなく、ホテルのティーラウンジや小ホール数箇所で行なわれるタイプのものだった。 その会場の一つ――1階のティーラウンジに入る時、受付係の男に予約した名を告げ入場料を払ったのは、瞬の連れの金髪男じゃなく、瞬の方だった。 カードの伝票にサインをしている瞬の横で、金髪男は無表情にただ立っているだけ。 その額はせいぜい数千円のものなんだろうが、その数千円さえ、奴は自分で払おうとしなかった。 これはつまり――瞬の連れの金髪男は金を持っていない男だということだ。 俺は別に、こういう時の飲食代は男が払うべきだなんていう古典的思想の持ち主じゃない。 実際、この一週間、瞬は俺に食事代やお茶代を払わせてはくれず、自分の分は自分で払っていた。 だが、そういう瞬だからこそ、瞬が金髪男の分まで代金を払うってことは奇妙で不自然なことなんだ。 俺は、自分の胸がときめき始めるのを自覚した。 金のない顔だけの男に比べたら、俺の方がよほど社会的な力を持つ存在だ。 そう自分を励まして、それまで ひたすら二人の目にとまらないように身体を丸めていた俺は、開き直ったように堂々と、二人が掛けているテーブルの脇に歩み寄っていった。 もちろん、自分の入場料は自分のカードで支払って。 |