熾烈なバトルが繰り広げられたという地方予選を勝ち抜いてきた最強の8人が、北の国の王宮に勢揃いしたのは、それから半月後。
本選の前夜には、彼女たちのこれまでの健闘を讃えて、北の国の王宮では ささやかな前夜祭 兼 慰労会が催されました。
王宮の広間に各地区の代表である8人の猛者たちと 大会関係者、貴族重臣たちが集まって親睦を深めることにしたのです。
それは、8人のお妃候補たちに 彼女たちが憎み合って戦うのではないことを認識してもらうこと、各地区の地方自治の現状についての情報収集を行なうことを意図しての簡易な立食パーティでした。

カミュ国王が提案してきた前夜祭の開催に氷河王子が賛同同席したのは、己れの腕力ひとつでここまでやってきた たくましい女性たちを賞讃したいからではなく、また慰労したいからでもありませんでした。
それが、彼女たちのたくましい姿をカミュ国王に間近で見てもらう いい機会になると思ったからだったのです。
氷河王子の目論見は、大いに当たったと言えるでしょう。

前夜祭の主賓である8人の女性たちは、さすがに我が身ひとつを武器にして各地区の代表になっただけのことはある 強面揃い、猛者揃い。
その顔ぶれは、漁師の娘、きこりの娘、石油堀りの娘 等々、北の国の各地方の産業の担い手たち。ちなみに、『漁師の娘』『きこりの娘』『石油掘りの娘』というのは、『父親が漁師である』『父親がきこりである』『父親が石油掘りである』という意味ではありません。
彼女たち自身が、漁師であり、きこりであり、石油掘りであるという意味です。

その夜、国王・王子という身分を隠して、カミュ国王と氷河王子はパーティ会場に紛れ込んでいたのですが、予選から勝ち抜いてきた女性陣を見て、カミュ国王は大層渋い顔になりました。
彼女たちは皆、素朴な様子をした、健康すぎるほど健康で、たくましすぎるほどたくましい女性たちでした。
腕の筋肉は豊かで、その胸の厚さは女性特有のものではなく、胸筋が発達したもの。
首が短く見えるのは、僧帽筋と胸鎖乳突筋――つまりは、首と肩の筋肉――が発達して盛り上がっているから。
8人のうち4人は、カミュ国王より背も高く肩幅もあるようです。

氷河王子の花嫁候補たちのたくましい姿を見て、カミュ国王はくらくらと激しい目眩いに襲われることになったのです。
許されることなら、カミュ国王は、その場で卒倒くらいしてしまっていたかもしれません。
国王としての立場上(8人の娘たち以外の出席者は皆、カミュ国王の身分を知っていました)、その場で卒倒することはカミュ国王にはできませんでしたけれどね。

もちろん、カミュ国王は彼の国民たちを心から愛していました。
額に汗して日々の仕事に従事する国民あってこその国家ということも、カミュ国王は十二分に承知していました。
本音を言えば、カミュ国王の理性と悟性は、ちゃらちゃら着飾って遊んでいるだけの貴族や有産階級の令嬢などよりずっと、彼女たちの方を好ましい人物だと考えていました。
ですが、カミュ国王は、自分より太い腕を持つような女性が氷河王子の横に王太子妃として並ぶことだけは――そんな事態だけは、何としても避けたかったのです。
理性でも悟性でもない感情が、そして、彼の直感的美意識が、カミュ国王に そう訴えてくるのでした。

いずれ氷河王子が北の国の国王になれば、彼は、一般国民とは比べものにならないほどの重責を その身に担い、一般国民には考えられないほどの気苦労を その心身に抱え込むことになるでしょう。
そういう氷河王子の忍耐を精神面で支え、氷河王子の目をその美しさでなごませ、氷河王子の心を細やかな思い遣りと深い優しさで癒す女性。
カミュ国王が求めているのは、そういう人材だったのです。
だというのに、今、パーティ会場に揃っている女性たちは、氷河王子が国政に悩んでいたら、豪快に笑って夫の尻を蹴り上げ発破をかけそうな女性たちばかり。

王を支える王妃として、それはそれで有効ではあるでしょうが、それでは氷河王子が一国の王としての確固たる意思と冷静な判断力を維持することが難しくなります。
「えーい、面倒!」と豪放に言い放つタイプの女性は、市井の家庭の主婦としてならともかく、一国の王の配偶者としては大変 不適当な存在なのです。
本当に氷河王子は彼女たちの一人を自分の妻に迎えるつもりでいるのかと、氷河王子の魂胆を知らないカミュ国王は大層 憂鬱な気分になってしまいました。

とはいえ、カミュ国王には全く希望がないわけでもありませんでした。
亡き母君より美しい女性とでなければ絶対に結婚しないと言い張っている氷河王子は、実は大変な面食いだったのです。
赤銅色に焼けた たくましい女性陣の美しさに、カミュ国王より先に氷河王子の方がギブアップすること。
今となっては、それだけがカミュ国王に残された唯一の希望でした。
その希望が叶うことをパーティ会場の片隅で心から祈っていたカミュ国王は、ですが、まもなく、その場にもう一つ、別の希望があることに気付いたのです。
それは、とても美しい希望でした。

「ひとり……素晴らしい美少女がいるではないか……!」
下っ端貴族の振りをしていたカミュ国王は、上擦り弾んだ声で そう言って、下っ端貴族の子弟の振りをしている氷河王子の横腹を肘でつつきました。
「地方予選から少なくとも10人以上の対戦相手を倒し2万人強の力自慢の頂点に立つ猛者たちのたちの中に、美少女なんかいるはずがないだろう」
氷河王子が、カミュ国王のたわ言を鼻で笑います。
が、氷河王子はすぐに、これは笑っている場合ではないということに思い至りました。
甥の花嫁候補たちの常軌を逸した美しさとたくましさに、カミュ国王はついに錯乱してしまったのではないかという懸念に、氷河王子は襲われたのです。

一時的な錯乱であればいいが――と思いつつ、氷河王子はカミュ国王の方を振り返り、そして気付きました。
カミュ国王の目が、ある一点を見詰めて炯々けいけいと輝いていることに。
その視線の先を辿り、カミュ国王が見詰めているものを己が目で認めた途端、氷河王子は全身を雷に貫かれたような衝撃を受けることになりました。
カミュ国王の目と頭の具合いを心配しつつ、氷河王子が視線を巡らせた その先。
そこには、カミュ国王の言葉通り――いいえ、言葉以上に素晴らしい美少女の姿があったのです。

小柄で細身で色白の美少女。
たくましい女性陣の陰に隠れて、氷河王子たちの目には、それまで彼女の姿が見えていなかったのです。
その姿をどう評したものか――。
『可憐で小さな花のよう』とでも言えばいいのでしょうか。
彼女より背が高く、横幅も2、3倍はありそうな女性陣の中で、彼女は大木の根方にひっそりと咲いている控えめな野の花のようでした。

他の7人はそれでもドレスといえるものを身に着けていましたが、その少女は男子の服を着けていました。
清潔なもののようでしたが、その衣装は華麗でも豪華でもありません。
それでも――いいえ、だからこそ――その少女の可憐さは際立って見え、隠しようがありませんでした。
清楚な野の花のような その美少女は、初めて見る王宮のきらびやかさに圧倒されているのか、不安そうな目できょろきょろ辺りを見回しています。
そんな仕草も たまらないほど可愛らしいのです。

彼女の控えめで清らかな姿に比べたら、純潔の象徴である白百合でさえ けばけばしく着飾った花にしか思えません。
それほどに清らかで大人しそうな彼女の様子が、氷河王子の心を、獰猛な猛禽類の鋭い爪のように強く深く掴みあげるのです。
それは本当に素晴らしい美少女でした。
その澄んだ瞳の美しさといったら、もはや奇跡としか思えません。

ええ、それは奇跡だったのでしょう。
“奇跡”は“恋”の別名。
奇跡とは、運命的な巡り会いのことを言うのです。
氷河王子は、今、彼の運命に出会ったのでした。

奇跡を見る思いでいたのは、カミュ国王も同じでした。
「どうだ、あれくらい可愛い子だったら、おまえもその気になってしまうのではないか」
カミュ国王は意味ありげな目つきと口調で氷河王子に探りを入れたのですが、氷河王子からの返答はありませんでした。
その時、氷河王子は他の何もかもを忘れて、彼の奇跡に見入っていたのです。
今の氷河王子の目には、奇跡の美少女以外の人間の姿は全く映らず、今の氷河王子の耳には、奇跡の美少女の声なき声以外の音は全く聞こえていませんでした。
それは、『亡き母以上に美しい人とでなければ絶対に結婚なんかしない』と言い張って、周囲の者たちを困らせていた氷河王子が恋に落ちた運命の瞬間、運命の夜だったのです。

ちなみに、奇跡の美少女の名前は 瞬といいました。
とてもとても ありがちですね。






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