翌日から、氷河王子の妃の座をめぐって、王室主催大武闘会の本選が始まりました。
武闘会本選の会場は、都の中央にある、通称“北の国スタジアム”。
国王と王子用の貴賓席、審査員席、議員や兵士の席、一般市民の席が階段状になっていて、中央にある闘技場をぐるりと囲んでいる、さながら古代ローマのコロッセオのような造りの巨大建築物です。
収容人員10万人の大イベント会場を超満員にして、カミュ国王と氷河王子臨席のもと、王室主催大武闘会の本選が ついに始まったのです。

ちなみに、国王と王子用の貴賓席はスタジアムの中でも最もよくバトルを観戦できる場所にありました。
が、なにしろ闘技場自体が直系200メートル超の広さを有していたので、氷河王子の席からは、戦いに臨む者たちの表情までは見てとることができませんでした。
でも、それでも、氷河王子には瞬の可憐な姿だけは はっきりと見えていました。
俗に『恋は盲目』といいますが、あれは多分 嘘ですね。
恋は、恋する者の生命力のみならず、視力までを高めるもののようでした。

さて、王室主催の大武闘会は、地方大会まではバトルでの勝利だけが勝ち進むための条件でしたが、本選から その採点方法が変わります。
配点は、バトルの勝敗が6割、アーティスティック・インプレッション、テクニカル・エレメント・スコア等 その他の要素が4割。
芸術点や技術点が1位でも、バトルで負ければ、その者は次のステージに進むことはできません。
4割部分が考慮されるのは、主にバトルが引き分けに終わった時や、何らかの事故が起きて勝敗の判断が困難になった時。
氷河王子は、自分が設定した そのルールを、今では心から後悔していました。
芸術点だけなら、そこに立っているだけで瞬は満点だったのに――と。

けれど、今更 その配点を1:9に変更するのは無理なこと。
ですから、既に武闘会本選が始まってしまった今、氷河王子にできることは、瞬の戦いを黙って見守ることだけでした。
小さくて、見るからに か弱い瞬が、巨大な敵(?)に命がけで立ち向かっているというのに、男の自分が黙ってそれを見ているしかないなんて、氷河王子の悔しさ、やるせなさは尋常のものではありませんでした。
それでも。
「瞬、勝ってくれ……」
それでも、今の氷河王子にできることは、祈るような気持ちで瞬の戦いを見守り続けることだけなのでした。

瞬は腕力はほとんどないようでしたが、大層身軽な少女でした。
すばしこく相手の攻撃をよけて、ほとんど対戦相手に触れることを許しません。
そんな戦いを15分も続けていると、対戦相手の巨体は彼女自身に不利になります。
瞬の対戦相手は体力を消耗させられて、結局 自慢の怪力を発揮できないまま、焦りのために自滅していくのでした。

瞬は、その姿だけでなく、一挙手一投足のすべてが可憐で華麗でした。
瞬が跳躍するたび、身を翻すたび、客席のみならず審査員席からも大きな歓声があがります。
怠惰な古代ローマの市民たちとは違って、北の国の民は皆 勤勉で、健全な精神を有していました。
ですから、彼等は、残虐ではなく感動を求めていました。
そういう彼等には、瞬の戦い方は非常に好ましいものだったのです。
その上、勝利を得ても瞬は決して驕った態度を見せず、敗者に対する瞬の態度は思い遣りに満ちたものでしたから、瞬の勝利には誰もが心からの賞讃を贈ることになったのでした。

「うむ。実に美しい。アーティスティック・インプレッション、テクニカル・エレメント・スコア共に満点。筆記試験の小論文も読んでみたのだが、これまた実に素晴らしいものだったぞ。我が国の民のために役立つ仕事ができるなら この上ない幸せだと、非常に素直な文章で書かれてあって、未来の王妃にふさわしい覚悟と奉仕の精神が見てとれた。あの子なら、おまえの横にいても見劣りしないし、なかなかいいんじゃないかな〜……と」
二度の勝利を得て、瞬の明日の決勝進出が決まった時、氷河王子の隣りの席で 瞬の戦い振りを観戦していたカミュ国王は、横目でちらりと氷河王子の様子を探りながら、わざとらしく彼に水を向けてみました。

残念ながら、氷河王子からの答えは返ってきませんでしたけれど。
準決勝での瞬の勝利が確定してからも、氷河王子は、闘技場の中央でギブアップした対戦相手の背中をさすってやっている瞬の姿に見入ったままだったのです。
氷河王子に完全完璧に無視されてしまったカミュ国王は、けれど、そんな氷河王子の様子に大いに満足したのでした。

氷河王子が瞬に恋をしているのは確実です。
これはもう疑いようがありません。
今、カミュ国王の胸は、瞬に恋する氷河王子以上に 夢と期待で弾んでいました。






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