明日は運命の決勝戦。
人に見咎められる心配のない深夜になると、氷河王子はその夜も こっそりと瞬の部屋に足を運びました。
卿の瞬の健闘を讃えるためではなく、明日の戦いに向けて瞬を激励するためでもなく、ただ 瞬に会いたいという思いに衝き動かされて。
そして、できれば その思いを瞬に伝えたくて。

けれど、実際に瞬に出会い、その澄んだ瞳で見詰められると、氷河王子は気恥ずかしさが先に立って、どうしても『おまえが好きだ』の一言を瞬に告げることができなかったのです。
氷河王子に言うことができたのは、
「おまえと一緒だったら、俺も国の民のために努めようという気になれるような気がするんだ」
という、超婉曲的な告白だけ。
婉曲的すぎて、瞬には氷河王子の震える心は全く通じなかったようでした。

「あなたは このお城で働いている方なんですね。ありがとう……! 僕、あなたと一緒に、みんなのために働けるようになるよう頑張ります……!」
北の国スタジアムに氷河王子が臨席していたことは知っているはずなのに、瞬はまだ氷河王子がこの国の王子だということに気付いていないようでした。
なにしろスタジアムは広すぎて、瞬の立つ闘技場から氷河王子のいる貴賓席までは かなりの距離がありましたからね。

自分が誰のために戦っているのかを(それが瞬の第一の目的でなくても)瞬が知らずにいることが、氷河王子は切なくてなりませんでした。
その切なさを、せめて言葉にすることができたなら、氷河王子の切なさも半分くらいに減らせていたかもしれません。
けれど、氷河王子は、その切なさを瞬に伝える言葉が思いつかなかったのです。
そうして、あふれ出るような切なさを自分の胸の中だけに収めておけなくなった氷河王子は、ベッドの上に上体を起こしている瞬の頬に手をのばし、腰をかがめ、つい その唇に唇を重ねてしまったのでした。

「あ……あの……」
瞬は、思いがけない氷河王子の行動に、大層戸惑ったようでした。
自分が不躾なことをしてしまったのはわかっていましたが、氷河王子の恋心は、このキスを瞬に責められることに耐えられそうにありませんでした。
瞬に『どうしてこんなひどいことをするの』なんて言われたら、氷河王子の胸は悲しくて潰れてしまいそうだったのです。
ですから、氷河王子は、瞬の唇から自分の唇を離すなり、
「少なくとも、俺にはおまえが必要だ」
と言って、瞬に責める隙を与えることをしませんでした。

「え……」
不意打ちのようなキスよりも――瞬には、氷河王子のその言葉の方が はるかに価値あるものだったのでしょう。
氷河王子のキスには瞳を見開いて驚いただけだった瞬が、『俺にはおまえが必要だ』の言葉に、ぽっと頬を赤らめます。
それから瞬は、
「僕、誰かにそんなこと言われたの初めて……」
と言って、恥ずかしそうに嬉しそうに、その瞼を伏せてしまったのでした。

自分を必要としてくれている人のために何が何でも勝たなければと、瞬は思ったようでした。
「僕、頑張ります!」
瞬は掛け布の上に置かれた二つの小さな拳を握りしめ、氷河王子に そう約束してくれたのです。


小さな身体に大きな決意を秘めた瞬は、決勝戦でも華麗かつ可憐に戦い、そして、もちろん優勝したのです。
決勝戦に臨む瞬の胸の中には、『あの人のために勝ちたい』という具体的な目標がありました。
戦いに勝利することで 自分が何を得ることができるのかということを明確に自覚している者は強くなりますからね。
ええ、もちろん、瞬は勝ちましたとも。
心の底から欲するものを その手に掴むために。

はらはらしながら戦いの行方を見守っていた氷河王子が、瞬の優勝が決まった時に感じた安堵の思いと、喜びと、それから、ちょっとえっちな期待がどれほどのものだったのかについては、皆さんのご想像にお任せします。






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