未来からやって来た氷河は、サンルームから庭を眺めていることに飽き足らなくなったのか、直接 庭に出ることが多くなっていた。
30年後の世界は、科学が進歩しすぎて自然というものに接する機会が極端に少ない世界になっているのだろうかと、星矢はそんなことを思い始めていたのである。
もっとも、燃え立つような緑の中から彼が見詰めているものは、今 彼を包んでいる緑ではなく、その緑の向こうにあるもの──室内にいる瞬の姿だったのだが。

「氷河が睨んでるぞ」
瞬が“氷河”に近付くことを禁じるため、あるいは、“氷河”が瞬に近付くのを妨げるため、現代の氷河の監視の目は厳しいものになっていた。
おかげで、ここ数日、未来からの客人の無聊を慰める役目は すっかり星矢と紫龍のものになっている。
もっとも、30年後の氷河の小宇宙に魅せられていた星矢は、本来はあまり彼向きではない その役目を喜んで引き受けていたのだが。
その点に関しては、紫龍も星矢と大同小異。
“氷河”の小宇宙に触れるたび、彼は飽きもせず感嘆の息を洩らし続けていた。

「見ていることくらい許してくれてもいいだろうに」
「許してやってくれよ。氷河は、俺と紫龍以外の奴等が10秒以上瞬を見ると、それだけのことで、誰に対してでも敵愾心を剥き出しにするんだ」
「そう、君たちだけは特別だった。氷河・・は、君たちだけは信じていた」
「安全パイとしてかよ?」
“氷河”の絶大な信頼を知らされた星矢が、少し むくれた顔になる。
強大な小宇宙を持つ氷河は、そんな星矢に微笑んで首を横に振った。

「君たちが、自分と瞬の幸福を願ってくれていることを信じていたのだ」
「え……? あ……いや……」
それは、真顔で言及されると、実に おもはゆい信頼だった。
事実であるだけに、改まって言われると照れるのだ。

おそらく 照れ屋の星矢をそれ以上困らせないために――未来からやってきた氷河は、その視線を再びラウンジにいる瞬と氷河の方に巡らせた。
「若く幸福だった頃の私と瞬。瞬を失う以前の私の幸福そうなこと。実に妬ましいね」
大人になってしまった氷河は、何を言うにも、何をするにも、戯れめいたものを感じさせないので、星矢には彼の真意を量りかねるところがあった。
海千山千の大人というものは、扱いが難しく厄介なものだと、星矢は思わないわけにはいかなかったのである。

「妬ましくてもさ。瞬に変なことだけはしないでくれよ。氷河が荒れるのは目に見えてるんだから」
「星矢、失礼だ」
「でも、歳 食ってたって、氷河は氷河だろ。おまけに、この小宇宙。瞬だって抗し切れるもんじゃないぜ。その上、徹底して使用人でいる教育を受けてる ここのメイドたちが浮き足立つほど いい男でさ。氷河がこんなふうになるなんて、沙織さんにだって想像できなかったことだと思うぞ」
「瞬は、彼の氷河に 私のようになってほしくないと思っているようだがね」
「瞬が喜んでくれないんじゃ、どんだけ いい男になっても無意味かあー」

「星矢!」
残酷極まりないことを冗談口で言ってのける星矢を、紫龍が慌てて諌める。
未来からやってきた氷河は、星矢のそんな残酷にも捉えどころのない微笑を浮かべただけだった。






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