「さあ、吐け! 白状しろ! おまえの好きな“奴”ってのは誰なんだ!」
星矢が紫龍を引き連れ、勇んでラウンジに乗り込んでいくと、都合のいいことに その場から氷河の姿は消えていた。
これ幸いとばかりに、星矢は早速 瞬に詰め寄っていったのである。
まるで超凶悪犯罪の容疑者に対峙する刑事か、物的証拠は星の数ほど、ただ自供だけが得られていない刑事事件の被告人に向き合った検事のように居丈高な態度で。

「え……? な……なに?」
何の前置きもなく突然 そんなことを問い質されて、瞬は驚いたようだった。
が、とにかく気が急いていた星矢は、自分が唐突にそんなことを言い出した理由をわざわざ瞬に説明してやるほどの親切心や余裕を持ち合わせてはいなかったのである。
どんな時にでも、何はさておいても、攻めて攻めて攻めまくる――が、星矢の戦いのスタイルだった。

「潔く白状しろ! ネタはあがってるんだ。おまえに好きな奴がいるって!」
「それ……聞いてどうするの」
瞬は、星矢に、彼がその質問を発するに至った経緯の説明を求めることを早々に諦めたようだった。
そして、だが、せめて その質問の目的だけでも知っておきたいと考えたらしい。
瞬とは異なり、星矢は 自分が持っている答えの開示に目的や理由を求めたりするタイプの人間ではない。
彼は 気負い込むように勢いよく、瞬に問われたことに即答した。
「決まってるだろ! 氷河に代わってこの俺が そいつと話をつけてやるんだよ! おまえには氷河がいるから手を引けって」

「え……」
言われた瞬が、ぱっと頬を上気させる。
氷河が瞬に対して抱いている好意に、やはり瞬は気付いているのだと、瞬のその様子を見て、星矢は確信したのである。
その確信に後押しされて、星矢は更に力んで瞬に自白を迫ることになった。
「ほら、さっさとそいつの名前と電話番号と住所を言えよ! 俺、梅雨が明けてからこっち、毎日 暑くて気が立ってんだから!」
「……」

星矢の気が立っている理由が夏の暑さでないことは明白だったのだが、瞬はあえて そこには突っ込まないことにしたらしい。
軽く首を左右に振ると、瞬は 非常に落ち着いた声で、
「そんな人いないよ」
とだけ答えてきた。
が、そんな答えに納得し、大人しく引き下がる星矢ではない。
なにしろ 瞬のその答えが嘘であることを、星矢は既に瞬自身から聞いていたのだ。

「ネタはあがってるって言ったろ! 俺たちは、さっきおまえが氷河と話してるのを聞いてたんだぞ。おまえに好きな奴がいて、氷河が『それはよかった』だの『少し残念』だのって、寝ぼけたこと言ってるのを!」
「――」
星矢のがなり声に、瞬が瞳を見開く。
少しく戸惑った様子を見せはしたが、瞬はすぐに その表情を元の穏やかなそれで覆い隠してしまった。
「あれは……冗談だよ」
「冗談?」

それでなくても苛立っていた星矢は、瞬の白々しい言い逃れに ますます いきりたつことになったのだった。
命をかけた戦いを共にしてきた仲間同士である。
氷河がそんな冗談を言える男ではないことを、星矢は誰よりもよく知っていた。
「なあ、瞬。ほんとのこと言えって。俺はおまえがオトコだってこと、何とも思ってねーぜ。俺たちにまで隠すことねーじゃん」
「それ、どういう意味?」
「だーかーらー。氷河はおまえが好きなの。おまえはオトコだけどな」
「氷河がそう言ったの?」
「氷河を見てりゃ俺でもわかるぜ」
「……」

仲間のその言葉を聞いて、瞬は僅かに肩を落とした――ように、星矢には見えた。
瞬が何やら考え込む素振りを見せる。
星矢は、そんなふうに全く焦った様子のない瞬の態度に、大いに焦れてしまったのである。
この問題は、少しでも早く解決してしまわなければならない問題なのだ。
瞬に 氷河以外に好きな“奴”がいて、氷河がその事実を分別顔で容認しているという馬鹿げた事態に、他の誰でもない星矢自身が我慢ならなかったから。

「だから、おまえと氷河が男同士でくっついても、俺は何とも思わねーからさ。氷河がおまえに振られてみろ。向こう10年、奴は聖闘士としてもオトコとしても使い物にならなくなるぞ。アテナの聖闘士が一人欠けちまうことになるんだぞ。んなことになったら、地上の平和はどうなるんだよ! おまえだって、人類滅亡の片棒なんか担ぎたくねーだろ!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なもんか! 千里の道も蟻の一穴からとか言うじゃん」
「それを言うなら、『千丈の堤も螻蟻ろうぎの穴を以てついゆ』だよ」
「だから、その麺つゆだよ! おまえと氷河がくっつくのがいちばんいいの。そうすりゃ、おまえにいいとこ見せたい氷河は張り切ってお仕事に励むだろうし、それで地上の平和も保たれるんだ」
「地上の平和が そんなことで実現するとは思えないけど……」

瞬の極めて常識的なコメントを聞く耳を、あいにく星矢は持ち合わせていなかった。
星矢はなにしろ、聖闘士の戦いや聖闘士の恋を常識で語ろうとするなど愚の骨頂――という認識でいたのである。
瞬のコメントを華麗に無視して、星矢は更に強力な攻勢をかけようとした。
――のだが。


「俺が――何だと?」
瞬に自白させるために更に身を乗り出した星矢の第二波攻撃を妨げたのは、星矢が彼のために戦っていると自認していた氷河その人だった。
いつのまにやってきていたのか、氷河がラウンジのドアの前に立ち、妙に冷ややかな眼差しで、熱血しまくっている仲間を見おろしている。
それは、似非フェミニストにして似非クールな氷河の視線にしては あまりにも落ち着き払ったもので、まるで本当に・・・クール・・・な男のそれのようだった。
熱くなっている仲間を蔑むような その眼差しに、星矢は我知らず たじろいでしまったのである。

「だから、おまえが煮え切らないから、代わりに俺たちが……」
「余計な手出しは無用だ。口出しもな。これは瞬の問題なんだ。瞬がどうにかする。瞬が解決しなければならないことだ」
視線だけでなく口調までもが――氷河は口調までもが 本当にクールな男のそれのようだった。
だが、『だから何だというのだ!』と星矢は思ったのである。
『俺は瞬と氷河の仲間だから、余計な手出しや口出しをする権利があるんだ!』と。

「瞬が何をどうするっていうんだよ! おまえ以外の奴に好きだって言って、そんでそいつとくっつくのか? おまえはそれでいいのかよ!」
「瞬がそうしたいなら、瞬はそうするだろう」
「俺が聞きたいのは、おまえはそれでいいのかって――」
「瞬」
いきり立つ星矢の反駁を、正しくクールに、氷河が無視してのける。
そうしてから氷河は、どう考えても氷河らしくない態度と声音で、
「星矢たちに心配をかけるな。こいつらが余計な手出しや口出しをしてきたら、丸く収まるものも収まらなくなるぞ」
と言った。

「うん……」
瞬が、アテナの命令にも ここまで従順には従わないだろうと思えるほどの しおらしさで、氷河の言葉に頷く。
瞬の首肯を確認すると、氷河はもう一度 その冷ややかな視線で星矢を牽制し、それ以上は何も言うことなく静かにラウンジを出ていった。

それは あっという間の出来事で、星矢が何とか気を取り直すことができたのは、氷河退場から優に3分が経過してからのこと。
「今の……氷河か? なんか雰囲気が いつもと全然違って、まるで本当にクールな男みたいだったぞ……」
真夏の蜃気楼か白昼夢を見てしまった人間の独り言のように、星矢が呟く。
氷河の冷ややかな視線や言動の感触というより、その感触に対する驚きが、星矢の気炎を沈静化させてしまっていた。
星矢が静かになると、ラウンジの中も静かになる。

「大丈夫だよ。星矢、心配しないで。僕、ちゃんと自分で告白して――告白するから」
思いがけない氷河の対応にすっかり呆けてしまっていた星矢に、瞬が あまり覇気の感じられない微笑を浮かべて言う。
今は呆けている場合ではないのだと慌てて自分に活を入れて、星矢は瞬に宣言した。
「誰にだよ! それが氷河以外の奴だっていうんなら、俺はどこまでも邪魔してやるぞ!」
「星矢!」
大きくはないが鋭い声で、瞬が星矢の名を呼ぶ。
星矢は思わず、びくりと身体を硬直させることになったのである。
そんな星矢に、今度は懇願するように、
「頼むから、何もしないで」
と、瞬は言った。

「う……」
人と人の心や感情の間にも“作用反作用の法則”は成立する。
強い力を加えれば、当然のごとく、その力に反発する力も大きくなるが、その力が微弱であれば、当然のごとく返ってくる力も微弱なものになるのだ。
瞬に諭すように静かな口調でそう言われてしまっては、さすがの星矢も その場は引き下がらざるを得なかったのである。






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