瞬に『大丈夫だよ』と断言されてしまっては、星矢といえども引き下がるしかなかった。――その場は。
その夜 夕食に下りてこなかった氷河の部屋に瞬が向かうのを、星矢はもちろん しっかりと尾行したのである。

『毒を食らわば皿まで』の覚悟を決めた紫龍も、そのあとに続く。
男の風上にも置けない真似をして瞬に顔向けができないと思っているだろう氷河の心を、瞬は首尾よく救済することができるのか。
それは、星矢ならずとも泰然自若として事の成り行きを見守っていられるような軽易な事態ではなかったのだ。

瞬の訪問に驚いたらしい氷河は、瞬を彼の部屋の中に入れようとはしなかった。
「こんな馬鹿な男のところに来るな。おまえの身が危ない」
夜の静寂が、廊下の端から事の成り行きを見守っている星矢たちの許にまで、氷河の呻くような声を届けてくれる。
そんな氷河に、瞬は微笑を返したようだった。
「僕が何のためにここに来たのか、わからないの?」

瞬のその言葉に、氷河はよほど うろたえたのだろう。
あるいは氷河は、瞬のその言葉に あらぬ期待を抱いてしまいそうになる自分の心を、懸命に抑えていたのかもしれない。
そんな希望を抱くことは自分には許されないと、自戒しているようでもあった。
瞬の声が、氷河の臆病に焦れたような響きを帯びる。

「氷河、本当にわからない? 僕は氷河のものだって言ったのは氷河じゃない。あれは嘘?」
「決めるのはおまえだ。俺じゃない」
「うん。だから、決めてきたの」
「瞬……」
もう永遠に瞬に許してもらうことはできないと思っていただけに、瞬のその言葉は、氷河には神の恩寵にも思えたのだろう。
それ以上耐えることはできないと言わんばかりの勢いで、氷河が瞬の身体を抱きしめる。
瞬が氷河の胸の中で小さく何事かを囁き、やがて二人の姿は室内に消えていった。


氷河の部屋のドアが閉じられた瞬間、星矢は ほとんど反射的にガッツポーズを作っていた。
本当は歓声をあげて はしゃぎまわりたいところだったのだが、時が時、場所が場所である。
ここまでを確かめることができたなら、これ以上 この場に留まることは 友情ではなくただの下品というもの。
そして、星矢と紫龍にはそれ以上 確かめたいことは何もなかった。
だから、星矢と紫龍は、注意深く無言でその場を離れたのである。
喜びのあまり、勢いまで余って駆け出しそうになる脚を、懸命になだめながら。






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