シュンの許を辞したヒョウガがカミュの館に戻ると、そこにはセイヤたちがいた。
彼等はいつのまにか、カミュのサロンに客がいない時にはカミュのサロンを、客がる時にはヒョウガの私室を、彼等の溜まり場にしてしまっていたのだ。

いつもなら、帰館して黒髪のカツラを取るなり、“今日のシュン”がいかに可愛らしかったかを、訊かれもしないのに意気揚々と語り出すヒョウガが、今日に限って、前髪で顔を覆い隠したまま一向に口を開こうとしない。
おそらく“今日のシュン”が可愛らしすぎて言葉もないのだろうと勝手に決めつけて、セイヤたちはヒョウガがカツラを取り除くのを待っていたのだが、ヒョウガはいつまで経っても その気配を見せず、長椅子に力なく座り込んだままである。

「どうしたんだ? シュンと何かあったのか?」
とセイヤに問われて初めて――だが、かなりの間を置いてから――、ヒョウガはやっと口を開いたのだった。
両の肩を落としたまま、そして、黒髪のカツラで顔を半分覆い隠したままで。
「シュンには好きな奴がいるんじゃないかと思う……」
恋する男が恋を失ってしまったら、自分はいったい何者になるのだろう――?
真面目に誰かを恋したのが これが初めてなら、恋を失うのも これが初めてのヒョウガには、その答えがどうしてもわからなかった。
そんなヒョウガの前で、セイヤが軽く肩をすくめる。

「あ、やっぱ、そう感じるのか。そうなんだよなー。シュンの奴、絶対 好きな相手がいるよな。何度か問い詰めてみたんだけど、いつもごまかして、どうしても教えてくれなかったんだけどさ」
喜びや楽しみどころか、怒りや悲しみの感情さえ どこかに置き忘れてきてしまったような気分でいたヒョウガには、セイヤのその言葉は聞き捨てならないものだった。
「気付いていたのか !? なぜ最初に教えてくれなかったんだ!」
「確信はなかったし、おまえがそんなこと知らされたくらいで、すんなりシュンを諦める男とも思ってなかったから」
「……!」

それはそうである。
セイヤの言うことは至極尤も。
もし その事実(?)を知らせてきたのがセイヤやシリュウだったなら、ヒョウガはこれほどの衝撃を受けることはなく、そもそも彼等の言葉を信じることもしなかっただろう。
だが、ヒョウガは自分の目で見てしまったのだ。
シュンの 切なそうな眼差し、つらそうな微笑を。
シュンの恋が真剣なものであることは、疑いようのない事実だった。
恋のために出自を偽り、馬鹿げた変装までしてシュンに近付いていったというのに、ヒョウガの画策はすべて無駄な努力だったのだ。

「俺たちの勘は当てになんねーけど、おまえがそう思ったっていうのなら、やっぱ そうなんだろうなー……」
欧州で日の出の勢いのフランス国王の前で――つまりは、欧州随一の権力者の前で――無作法を働くことさえ平気の平左でしてのけたヒョウガの落胆しきった様子に、能天気が売りのセイヤの声も しんみりしたものになる。
「まあ、シュンは大人しい子だが、だからこそ、じっと思い続けるタイプだろうから……残念だったな」
「なに、女はシュンだけじゃねーって! じゃなくて、可愛いコはシュンだけじゃねーって!」
シリュウの慰撫は真実を突きすぎ、セイヤの励ましは、あまりにも恋のなんたるかをわかっていない者のそれだった。
『可愛い』と感じる人間がシュンしかいないから、ヒョウガはシュンに恋をしたのだ。
そして、シュンはシュン一人しかいない。
友人たちに慰められ励まされても、ヒョウガの心は一向に息を吹き返すことはなかった。






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