「瞬!」 母の確約を得ると、氷河は再び、そして急いで、瞬の許に戻った。 瞬は、氷河の家の前に広がる緑の原と青い空が作る光景を堪能していたらしく、氷河に長く待たされたことを不快に思っていた様子はない。 ほっと安堵して、氷河は瞬の名を呼んだ。 瞬が、氷河に春のように明るく希望に満ちた眼差しを向けてくる。 「あー……。実は、この家の本当の持ち主は、俺じゃなく、俺の母なんだ。君の宿泊の許可をもらってきた」 「お母様? どちらにいらっしゃるの?」 「母は恥ずかしがりやで、滅多に人前に姿は出さない人なんだ。瞬も気にしなくていい」 まるで勝手に押しかけてきた招かれざる客の機嫌を取り結ぼうとするかのような口調で そんなことを言う氷河は、瞬は不思議に思った――のかもしれなかった。 が、瞬はすぐに その瞳に嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。 「奥ゆかしい お母様なんですね。そのうち、ご挨拶できるといいな」 「そのうち?」 『そのうち』とは、いつのことなのだろう。 瞬が求めているものは今夜のベッドだけではないのだろうか。 いったい瞬はここに いつまでいる気でいるのかと、悪い予感ではなく、期待に似た感情の中で、氷河は訝ることになった。 そんな氷河に、瞬が こころもち首をかしげて尋ねてくる。 「僕、この夏いっぱい、こちらで過ごすつもりで休暇をとってきたんです。あの……無理でしょうか」 期待が現実のものになる。 それでなくても高鳴っていた氷河の胸は、一層大きく震え始めた。 「い……いてくれ! ここは何もないが、その代わり、どこもかしこも美しい。俺が案内してやる」 「ありがとうございます! 嬉しい!」 氷河よりは はるかに感情表現が素直らしい瞬が、弾んだ声で氷河に礼を言ってくる。 『俺の方こそ嬉しい』と言いそうになって、氷河は慌てて その言葉を喉の奥に押しやった。 幽霊屋敷の噂もある この家の住人に過剰な歓迎を受けてしまったら、瞬はむしろ不審の念を抱くことになるかもしれない。 氷河は、そうなることを懸念した。 そんな事態になることを懸念するほど、氷河は瞬にここにいてほしいと願っていたのである。 いつのまにか――そう願うようになってしまっていた。 確かに瞬は 素直で礼儀正しく 母の機嫌を損ねるような不作法はしなさそうな少年ではあるし、春のように優しく温かい面差しの持ち主でもある。 とはいえ、瞬が、氷河にとって 今日 初めて出会ったばかりの 見知らぬ他人だととうこともまた、確かな事実だというのに。 |