「あっ」 氷河と連れだって歩いていた瞬が、突然、小さな声をあげた。 いったい何事かと顔をあげた氷河の側から、瞬が、とある店のウインドウの前に向かって小走りに駆け出す。 その店は、氷河もこれまで幾度か利用したことのある中規模の書店だった。 そして、『瞬の目にとまる』という光栄に浴したのは、そのウインドウに飾られていた一冊の写真集――だったらしい。 タイトルは『消えゆく日本の花たち』。 国内の絶滅種や絶滅危惧種の植物の写真を集めた書籍らしく、表紙には、氷河は名も知らない小さな白い花の写真が使われていた。 「氷河、ちょっと寄っていい?」 「それは構わんが――」 「ありがと」 瞬は、書店に入ると、平台に積まれていた問題の写真集を中身も確認せずにレジに持っていった。 それはいわゆる表紙買いという行為。 いったい その小さな花の何が瞬の心を捉えたと、氷河は訝ることになったのである。 瞬が購入した本は大判のハードカバーで、かなり上質の紙を使っているらしく、武器として使えば聖闘士を気絶させるくらいのこともできそうな代物だった。 男がついているのに、(一見)華奢な女の子に持たせておくのは、あまり外聞のよろしくない荷物である。 氷河は瞬に、持ってやろうと言ったのだが、瞬はその本を氷河に預けてはくれなかった。 瞬に両手で大事そうに抱えられた その写真集に、氷河は少なからず妬みめいたものを感じることになったのである。 そんな自分に気付いて、氷河は、情けなさのようなものをも自覚することになった。 相手(?)は、熱い血の流れる心臓も、瞬を抱きしめることのできる腕も、瞬への思いに震える心も持たない、ただの無機質な本ではないかと。 しかし、熱い血の流れる心臓も、瞬を抱きしめることのできる腕も、瞬への思いに震える心も持っている有機生命体であるところの氷河は、いまだかつて、瞬にその本のように積極的かつ情熱的に抱きしめられたことがなかったのだ。 二人は、とりあえず、恋人同士ということになっているというのに。 |