翌日は快晴だった。 一晩泣き明かした瞬の目では 痛みを覚えずには見ることができないほどに眩しい青空が、シベリアの大地の上に広がっている。 「さて、行くか。あの写真家は、丘の西側の斜面の八合目あたりで、あの花を見付けたと言っていた」 行くべきか否かを悩んだのは、ほんの一瞬。 「うん……」 その一瞬のあとで、瞬は氷河に小さく頷いた。 昨夜は、ぼんやり憶えているだけでも200回は氷河に『泣くな』と言われたような気がする。 そして、その合間合間に10回くらいは『愛してるぞ』と囁かれたような気がする。 腫れぼったくなっている目を氷河に見られたくないという気持ちもあったが、それよりも。 今 氷河の顔をまともに見てしまったら、自分の目は気恥ずかしさと眩しさのために眩んでしまうのではないかという懸念が、瞬に その顔を伏せさせていた。 あの花が咲いていたという丘。 村から見えていた通りに、そこは『丘』というより『山』だった。 シベリアではあまり見ない潅木が多く、道らしい道もない。 だが、氷河と瞬は、まるでそれが最初から決められていた運命だったのように自然に、あの花の許に辿りつくことができたのである。 母の面影を宿す白い花――。 もし 生きている この花に出合うことができたなら、自分は嬉しさのあまり歓声をあげるのだろうと、瞬はずっと思っていた。 つい昨日、氷河が彼の愚かな恋人のために何をしてくれたのかを知るまでは。 今 瞬の目の前にあるのは、涙でにじんだ白い小さな花だった。 その花の輪郭さえ、涙でぼやけて はっきりとは捉えられない。 だが、焦点の合わない その花の姿を、自分は一生忘れることはないだろうと、瞬は思ったのである。 母の面影と氷河の心とでできた、その花、その姿。 この先 何があっても、今この瞬間の記憶がある限り、自分は幸せな人間であり、幸福な人生を送ったと自信を持って言い切れる人間でいられるに違いない。 小さな白い花の姿は、瞬に そういう確信を与えてくれるものだった。 |