警察の捜査力をもってしても、子供の母親はなかなか見付からなかった。 氷河が嬰児拉致に至った経緯を聞いた沙織は、引き取り手が見付かるまで、赤ん坊を施設ではなく城戸邸で預かれるようにしてくれたのだが、当の氷河は、彼の子供が女の子と知って、彼女に触るのがすっかり恐くなったらしい。 『加減を知らない自分は壊してしまいそうで』と言って、彼は、可愛い我が子に腫れ物を触る扱いをするようになってしまったのである。 育児のベテランのサトウさんは通いの調理師 兼 栄養士だったので、夜間は城戸邸におらず、日中は本来の仕事がある。 結局、赤ん坊の実質的な世話をするのは ほとんど瞬の役目になり、氷河は、その様子を脇から こわごわ眺めているだけの母親になってしまった。 特に赤ん坊に泣かれると、氷河は完全にお手上げ状態だった。 赤ん坊が泣き出すと、氷河は、 「俺は、瞬以外の人間の涙は、見苦しいばかりで嫌いなんだ。鬱陶しくて――」 と勝手なことを言って、さっさと部屋から逃げ出してしまう。 そうして、瞬にあやされた赤ん坊が泣きやんだ頃、氷河は恐る恐る赤ん坊の側に戻ってきて、無邪気に明るい笑顔を覗き込み、 「笑っている時と眠っている時は可愛いのに」 と、また勝手なことを言うのである。 彼女は、氷河が自分の命を救ってくれた人だということはわかっているのか、赤ん坊の機嫌のいい時にしか近寄ってこない氷河が、それでも好きなようだった。 氷河が その顔を覗き込むと、彼女は懸命に両腕を伸ばし、その小さな手で氷河の鼻を掴もうとする。 それくらいのことは氷河も何とか耐えられるようなのだが、彼女が何かむずかって泣き始めると、氷河は即座に無条件降伏の文書に署名調印を決め込んだ。 そうして悲鳴じみた声で瞬を呼び、オリュンポスの神々が大挙して押し寄せてきても ここまで怯えることはないだろうという臆病さで 瞬の陰に逃げ込むという、無様な醜態をさらしてのけるのである。 氷河に子育ては無理。 彼の仲間たちがその結論に行き着くのに半日以上の時間はかからなかった。 氷河自身はもっと早い段階でその事実を自覚していただろう。 |