私の太陽 - 'o sole mio -






瞬は、ハーデスに利用され、地上に滅亡の危機を招くための片棒を担いでしまったことへの罪悪感を感じているのだろう――と、星矢たちは最初は思っていた。
その罪の意識、ハーデスにつけいる隙を与えてしまった己れの弱さへの悔い――そんなものが瞬の瞳を曇らせているのだろうと。
だから、星矢たちは、そういう人間を慰める慰め方をしていたのである。

「あれは おまえのせいじゃないだろ」
「悪いのはハーデスだ」
「おまえは たまたま運が悪かっただけで、あれがおまえでなかったら、地上はもっと大変なことになっていた」
「ハーデスに抗う術を持たない一般人がハーデスの支配を受けていたら、今頃 この地上からは生きているものの姿がすべて消えてしまっていただろう。こんな言い方はなんだが、おまえでよかったんだ」
――等々。

それらは瞬の心を鼓舞し慰撫するための言葉だったが、同時に事実でもあり、瞬の仲間たちの本音でもあった。
それが瞬だったからこそ、今も この地上には命があり、空には太陽が輝いているのだ――というのは。
だが、事実や心底からの言葉が 必ずしも人の心を慰められるものとは限らない。
仲間たちの慰めの言葉を聞いても、瞬の瞳の色は相変わらず暗く沈んだままだった。
この状況をどうすればいいのか、あるいは このまま平和が続けば いつか時が解決してくれるのかと、瞬の仲間たちは悩み、たるいは 一種の諦観に至りつつあったのである。
だが、瞬の表情と瞳の暗さは、実は、瞬がハーデスの傀儡として利用されたせいではなかった。
そうではなかったことを、やがて瞬の仲間たちは知ることになった。

――それは、冥府の王との戦いに比べれば実にささやかな、児戯にも等しい小さな戦い―― 一般人に毛が生えた程の力をしか持たない者たちが聖域に襲撃らしきものを仕掛けてきただけの“事件”だった。
彼等の背後には強大な力を持つ神の存在も感じられず、ゆえに、星矢たちは、敵の面子を潰さぬ程度に彼等の相手をして追い払えばいいと考えて、襲撃者たちの前に立ったのである。
この者たちを傷付ける必要すらないと、星矢たちは思っていた。

その敵たち(と呼ぶのもためらわれるほど弱い者たち)を、瞬は傷付け倒してしまったのだ――それも、ひどく無残に。
これまでの瞬であったなら、戦う素振りを見せることすら ためらっていたような非力な“敵”のほとんどを、瞬はあっと言う間に、容赦なく叩きのめしてしまった。
眉ひとつ動かさずに、倒れ伏している敵を見おろす瞬の表情には、憐憫の色も後悔の色も傷心した様子もなく――瞬は、正しく無表情無感動だった。
瞬のその表情を見て、星矢たちは、瞬はまたハーデスにその身体をのっとられてしまったのかと、半ば本気で疑うことになったのである。

そうではないことはわかっていたのだが。
瞬の小宇宙は温かく優しい、いつもの瞬の小宇宙だった。
ただ、その感触が、不必要なほど研ぎ澄まされた刃のように鋭いだけで。
以前の瞬が、敵と呼ばれるものを倒す時に必ずたたえていた同情や優しさのようなものが微塵も感じられないだけで、確かにそれは瞬の小宇宙だった。
外からの力によってではなく、瞬が自分の意思で自分を人変わりさせてしまったようだ――と、瞬の仲間たちは思ったのである。






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