瞬が辿り着いた答えは、だが、氷河には決して意外なものではなかったらしい。 彼は、驚いた様子は全く見せずに、静かに頷いた。 「だろうな。神がおまえを許そうが、おまえを罰しようが、そんなことは おまえにはどうでもいいことだろう」 「え……」 「たとえ神に許されても、おまえは自分を許さないだろう。おまえは むしろ、神に許されることの方を恐れている。自分は許されるべきではないことをしたと、おまえは思っているんだ。だから、おまえは永遠に許されない――神ではなく、自分に許されない」 「おい、氷河ってばよ!」 星矢が、彼らしくない悲鳴じみた声をあげる。 『永遠に許しは得られない』と宣言された瞬よりも、そんな瞬の横にいて 瞬を見詰めている星矢の方が はるかにつらそうな目をして氷河を睨んでいた。 実際、星矢はつらかったのだろう。 では、瞬には救いがないではないか。 神に許されても、瞬が自分自身を許せないのでは、瞬は永遠に許しを得ることができない――。 瞬の仲間として、瞬の悩み苦しむ様を誰よりも間近で見てきた星矢にとって、氷河の言は 冷徹にすぎるものだった。 星矢のつらさは、氷河のものでもあったろう。 だが、彼は、彼の冷徹な言葉を更に続けた。 「だから、おまえは罰を受ける覚悟などする必要はない。冷酷になる必要もない。おまえはいつも悩んで迷って苦しんでいればいいんだ。どうせ おまえは自分を許す気がないんだから」 「氷河っ! おまえ、自分が なに言ってんのか わかってんのか!」 星矢の難詰に、氷河は答えを返してよこさなかった。 つまり、氷河は、自分が何を言っているのかが わかっている――のだろう。 わかった上で、氷河が瞬にそう言っているのであれば、星矢はもう氷河に何を言うこともできなかったのである。 「自分の正義と良心を優先させるか、敵をも含めた他人の命を優先させるか、誰を守るか、どちらを守るか――。おまえは、戦いの場に立つたび、その二者択一をしなければならない。戦うたび、そのたびに、価値の相反する二つのものを秤にかけて、おまえは、その時々に迷い悩み続けるしかない。無理に冷酷にならなくていい。覚悟も潔さもいらない。おまえは悩んで迷って、無様に妥協し続けるんだ。おまえの戦いが終わる時まで。それが、おまえへの本当の罰だ。罰の先送りなんて卑怯な真似は、カノンみたいな大馬鹿者や、自分の戦いを正当防衛と思い込めるくらい単純明快な俺たちに任せておけばいい」 「あ……」 「おまえはそれでいいんだ。それでいい。神もおまえ自身も、おまえを許さないだろう。だが、それでいいんだ」 すがるものを見失い、だが、すがるものを見付け出したいという思いで、瞬は窺うように氷河の瞳を見上げ、見詰めた。 そして、瞬は気付いたのである。 残酷な言葉を吐き続ける氷河の眼差しが、その言葉とは裏腹に、秋の穏やかな陽光よりも切なく気遣わしげな色をたたえていることに。 「氷河……」 「その代わり――」 氷河が、瞬の頬を濡らしている涙を指で触れ、拭う。 そうしてから、彼は言った。 「その代わり、おまえがいつも真剣に迷って悩んで苦しんで そうしたのだということを、俺たちだけは知っていてやる。神がおまえを許さなくても、おまえがおまえを許せなくても、おまえがおまえの迷いに疲れ果てて戦いの途中で倒れてしまっても、俺たちだけはおまえを許すだろう。俺たちは おまえを救ってやることはできないが、許すことなら――許すことだけはできる」 「あ……」 思いがけず優しい氷河の青い瞳を見詰めていた瞬の瞳に、涙が盛り上がってくる。 瞬は氷河に何ごとかを言おうとしたのだが、そうする前にあふれてきた涙のせいで、瞬は彼に何も言えなくなってしまった。 消え入りそうに小さな声で、なんとか、 「氷河たちが……僕を許してくれるの……」 とだけ、尋ねる。 「ああ」 氷河はすぐに頷いてくれた。 もう既に涙でいっぱいだったはずの瞬の瞳の奥が不思議な熱を帯び、新しい涙を生み始める。 瞬の涙は、凍えるようにつめたい涙から、穏やかな小春日和の陽射しのように温かな涙へと、いつのまにか変わってしまっていた。 神も信じられない。 自分自身も信じられない。 だが、瞬は、仲間たちをなら信じることができた。 その仲間たちが、自分の戦い方を認め、信じ、許してくれるというのなら、瞬はそれだけで生きることができ、戦い続けることができるような気がしたのである。 星矢、紫龍、そして氷河。 やっと、その顔をあげることができるようになった瞬が、仲間たちの瞳を覗き込むと、彼等はそれぞれに彼等らしい眼差しで、瞬を見詰め返し、そして、瞬に微笑み頷き返してくれた。 だから――神を見失い、自分自身を見失うことになっても、この仲間たちだけは見失うまいと、瞬は思ったのである。 どれほど深く道に迷っても、この仲間たちは、空に輝く太陽のように 瞬の帰るべき場所を示し続けてくれるに違いないのだから。 「ありがとう……。ごめんなさい。ありがとう……」 涙を拭って、瞬は笑おうとした。 そして、実際に笑った。 瞳にまだ涙は残っていたが、それは以前の瞬の微笑――確かに信じられるものを取り戻した者の微笑で、瞬の仲間たちは、瞬のその微笑に ほっと安堵の息を洩らすことになったのである。 瞬の仲間たちにとっても、瞬は道しるべだった。 戦いの中で、迷い、泣き、苦しむという人の心を見失ってしまわないための。 アテナの聖闘士としてではなく、一つの心を持った一人の人間としての、瞬は彼等の道しるべだったのだ。 |