「惚れた相手の最初の恋人になりたがるのが男のさがとはいえ、まったく人騒がせな」
現在過去未来を通して、恋人の“いちばん”でいたいと願うのは、氷河に限らず、万人に共通する思いなのかもしれない。
だが、その願いを叶えるために――好きな相手の過去の思い出を塗り変えるべく、実際の行動に出てしまうのが、氷河の特殊なところ――普通でないところである。
それは、どんな障害にも屈することなく、決して自らの勝利を諦めないアテナの聖闘士にはふさわしい不屈の精神――と言えないこともない。
だが、氷河のそれは、とにかく傍迷惑なのだ。

「瞬も、よくこんな面倒なのの世話してられるよなー」
「まあ、氷河にもいいところがないわけじゃないし」
「そんなのあんのかよ」
「健気で一途――ではあるんじゃないか」
「だから傍迷惑で面倒なんだろ」
「瞬は世話好きだから」
「酔狂なんだよ」

紫龍と星矢が好き勝手に言い合っていることに特に異議を唱えることもせず、瞬は ただ微笑んで仲間たちの会話を聞いていた。
傍迷惑で面倒な氷河のいいところ――。
瞬は、自分が氷河の何を『いい』と感じているのかを、どうあっても 仲間たちに――氷河当人にも――知らせるわけにはいかなかったのである。
それは、『氷河が 己れの心を守る術を決して身につけようとしないこと』だった。
瞬は、だから、そんな氷河を残して死ぬことはできない――と思う。
瞬にとって、氷河は、まさしく“生きる目的”を与えてくれる、何より誰より“大切な人”だったのだ。

瞬のその“大切な人”は、星矢たちに何を言われても、自分が 瞬の最初の、そして(今のところは)最後の恋人であることに大いに満足しているらしく、これまた星矢たちの言いたい放題を寛大にも許している。

そんな氷河を見て、これで一件落着と、星矢たちは――瞬も含めて――思っていたのである。
これで奇妙奇天烈な氷河の焼きもちも治まって、アテナの聖闘士たちの許には 以前の平和な日々が戻ってくるだろうと。
彼等は、傍迷惑なほど健気で一途な氷河という男を見誤っていたとしか言いようがない。
あるいは、彼等の認識はあまりにも甘かった、としか言いようがなかった。






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