「おまえに……触れていいのか……?」
そうすることが、瞬にどんな危険をもたらすのか――。
瞬に尋ねる俺の声に、不安や危惧の響きが全くなかったと言えば、それは嘘になる。
だが――。
「氷河が嫌でないのなら」
瞬の控えめな許諾の言葉が耳に届いた時、俺は、不安以上に強大な力に圧倒され呑み込まれてしまったんだ。
「嫌なはずが……!」

その強い力に心身をからめ捕られて、俺は瞬を抱きしめるより先に、ベッドの上に瞬の身体を引き倒していた。
瞬の腰の上に跨り、瞬を動けなくして、両手で一気に 瞬が身に着けていたシャツブラウスの前を開かせる。
ボタンがほとんど飛んでしまったようだったが、俺はあまり気にはなかった。
瞬の白い胸が視界に入った途端、それどころじゃなくなった。
瞬は、中も素晴らしいが、その肌も普通じゃない。
俺の乏しい修辞能力で表現するなら、極めて上等の薄く やわらかい絹を幾枚も重ねたような――とにかく絶妙の感触を持っている。
胸から腹、腿にかけて、少しずつ異なる その感触は、いわく言い難いもので、俺はもう一度 それに触れられるんだ。
触るだけじゃない、何でもできる。
多分、瞬は俺が何をしても許してくれる。
「瞬……!」

乱暴というより凶暴、凶暴というより獰猛と言った方が当たっているような俺の振舞いに怯えたわけではないだろうが――いや、やはり瞬は怯えたんだろうか?
それでも、瞬は俺を責めたくはなかったんだろう。
「氷河……その、ち……地上のすべての命の消滅を企んでる神様って、今も僕たちを見てるの?」
まだどこにも触れられていないというのに 大きく胸を上下させて、瞬が俺にそんなことを訊いてきたのは、もしかしたら、目を爛々と輝かせて今にも瞬に食らいつこうとしている俺に感じた怯えを振り切るためだったのかもしれない。
『やめて』とは言えないから、その代わりに、獣ではなく人間だけが用いる道具であるところの言葉を発して、俺を落ち着かせたかっただけだったのかもしれない。

この場面で、よりにもよって俺以外の男のことを尋ねてきた瞬に、本音を言えば、俺は少々むっとした。
だが、まあ、瞬の懸念も故なきことじゃない。
そんな心配は無用だということを、俺はすぐに瞬に知らせてやった。
「大丈夫だ。俺は、そんなことで緊張したり萎縮したりして、ドジを踏むような男じゃない」
「僕が 言いたいのはそんなことじゃなくて……氷河はそうでも……僕は……」

俺の返事を聞くと、瞬は俺の下で、心細そうに瞼を伏せた。
どんな苦難にも どんな試練にも負けまいとして、人間が――瞬が――奮い起こすはずの勇気はどこにいったのか。
勇気の持つ可能性を最も強力に妨げる力は 弱さではなく――弱さよりも、羞恥というものなのかもしれない。
だが、俺はその時には既に、瞬が羞恥心を克服し 勇気を奮い起こしてくれる時を待つ余裕を持てない状況に陥ってしまっていたんだ。

俺は、このひと月で細さを増したような――きっと俺のせいだ――瞬の肩をシーツに押しつけて、瞬を、文字通り上から怒鳴りつけた。
「俺にこの上 まだ我慢しろというのか! 俺はずっと我慢してたんだ! 一度、あの天国を知ってしまってから、おまえに触れるのを我慢し続けるのは、地獄の炎で焼かれるよりつらいことだったんだぞ!」
「あ……そんな……」

勝手な言い草だと自分でも思ったし、瞬も もしかしたらそう思ったかもしれない。
だが、俺は、その理不尽な言い草を自分でも止めることができなかった。
俺の身体の某所が、『瞬には あとで謝ればいいから、先に早く俺の方をなんとかしてくれ』と俺をせっついて、どうあっても我意を通そうとしていたんだ。
「あとで謝る」
せわしなく謝罪の予告だけをした俺は、次の瞬間には、浅ましいほど息を荒げて 瞬の肌にむしゃぶりついていった。






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