「いつまで、こんなところに突っ立っているつもりだ」
「あ……」
僕は白昼夢でも見ていたんだろうか。
僕を我にかえらせてくれたのは、氷河のぶっきらぼうな声。
白いワンピースを着た あの人がいたところに立っていたのは氷河で、氷河は、なんだかひどく いらいらしたような目をして僕を見おろしていた。
あの女の人は、いつのまにか消えてしまっていた。

「こんなところに一人で立っていても、何も解決しない。星矢たちが待っている」
「氷河……あの……」
今ここに女の人がいなかったかと尋ねようとした僕の言葉は、
「聖闘士としての覚悟がまだつかないのか」
という、苛立った氷河の声に遮られてしまった。
「あ……そうじゃなくて……」
あの人はどこ。
誰だったの。
あれが僕の幸せ?
このまま死んでもいいと思えるくらいの?

周囲に視線を巡らせて、あの人の姿がどこにもないことを確かめ終えた途端、僕はひどい頭痛に襲われた。
本物の痛みじゃなくて、混乱が生じる痛み――のようなもの。
「早く来い!」
氷河が僕を怒鳴りつけてくれなかったら、混乱からくる頭痛のせいで、僕はいつまでも その場に馬鹿みたいに突っ立っていたかもしれない。

苛立たしげな、氷河の声と仕草。
それでも氷河は、いつまで経っても仲間の許に戻ってこない僕を わざわざ呼びにきてくれたんだ。
「は……はい!」
聖闘士になる修行をしていた頃、2分で島を一周してこいって先生に指示された時みたいな返事をして、僕は急いで氷河のあとを追いかけた。
あれは、僕の迷った心が見せた白昼夢だ。
僕の最高の幸せの一瞬があんなもののはずがない。
でなかったら、あの人は『幸せ』の意味を取り違えているんだ。
懸命に、自分にそう言いきかせながら。

「ねえ……氷河の幸せって何?」
僕が 僕の前を歩く氷河の背中に そんなことを尋ねたのは、氷河が 僕が囚われているような迷いとは無縁な人間に見えたからだった。――多分。
そして、こんなふうな人の幸せっていうのはどんなものなんだろうと思ったから。
氷河の答えは、
「とりあえず、おまえがその暗くて鬱陶しい顔をどうにかしてくれたら、俺も少しは幸せになれるかもしれないな」
というもので、でも、あいにく僕は氷河を幸せにしてあげることはできなかった。
吐き出すように ぶっきらぼうな氷河の答えは、僕をなおさらしおれさせるもので、僕にできたのはせいぜい、氷河の背中に、
「ご……ごめんなさい……」
と謝ることくらい。
やはり あんな時がくるはずがないと、氷河の無言の背中を見て、僕は思った。






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