与えられた義務は、驚くほど抵抗なく、瞬の生きる目的になった。 故なく虐げられている人々や、理不尽な力で命を断ち切られそうになっている人々を守るために戦うこと。 完璧にやり遂げたと言うつもりはないが、その時その時に己れの持てる力のすべてを注ぎ、できる限りのことをしたつもりだった。 いつも懸命に生きてきた。 自分の人生の価値が。100年を生きた人間のそれに劣るとは思わないし、だから、若くして死ぬことに悔いはなかった。 断じて、悔いはない。 だが、未練はあった。 それは氷河も同じだったのかもしれない。 二人の上には、小さな雲ひとつ浮かんでいない晴れ渡り澄みきった青空があった。 「あとは、星矢たちがうまくやってくれるさ」 同じ空を見詰めているのだろう氷河が、瞬の不安を消し去るために言う。 「うん」 瞬は、顔を青空の方に向けたまま、声だけで、すぐ隣りに仰臥している氷河に頷いた。 軽く顎を引く力さえ、瞬には残っていなかった。 「大丈夫。奴等はきっと……」 「うん。星矢たちを信じてるよ」 肺の損傷がひどい。 声を発するのもつらかった。 否、そもそも二人は既に言葉と声を用いて会話しているのではないのかもしれなかった。 澄んだ空の下で、ただ二人。 「生まれ変わったら、今度は俺は おまえとの恋だけに夢中になる馬鹿な男になる。そうして、おまえだけを愛して、おまえを愛することだけをして、一生を過ごすんだ」 「氷河にそんなことができるわけないよ」 つい、口許がほころぶ。 それが実際に微笑の形を描いているのかどうかを、瞬にはどんな器官の力を用いても確かめられない状態になっていたが。 「できるさ」 「この人生もよかったよ。戦いと戦いの合間に氷河に抱きしめてもらって、氷河を抱きしめて、とても幸せだった」 「もっと幸せになろう」 「うん」 「生まれ変わったら、きっと」 「会えるかな」 「会う。必ず」 「うん」 瞬は、転生を心から信じているわけではなかった。 生まれ変わることなどできなくてもいいと思っていた。 愛せる人に出会い、愛してくれる人に出会い、二つの心を通じ合わせることのできた生。 死の時を間近に控えて なお希望を託せる仲間がいることが、彼等を信じていられる幸福が、これまでの過酷な戦いも、戦いの中で味わった悲しみも苦しみも、すべてを美しかった出来事に変えてくれていたから。 悔いはない。 そして、空は青い。 悔いはなかった。 「氷河……僕、眠いの。先に眠っていいかな」 瞬が見ている青空は、既に、瞬の身体の上にあるものではなく、瞬の瞼の裏に描かれた空に変わっていた。 その青空を見詰めながら、瞬は氷河に尋ねたのである。 返事はなかった。 どうやら氷河は 先に眠ってしまったらしい。 一瞬 胸が痛んだが、その痛みもすぐに消えてしまった。 「おやすみなさい、氷河。いつか もう一度会おうね」 ひどく優しい気持ちで そう呟き、瞬は――瞬もまた――ゆっくりと穏やかな眠りの中に溶け込んでいったのである。 |