結局 風邪を発病することはなかった瞬が、いよいよ城戸邸に帰還する2週間目のその日。
氷河は朝から世話しなく立ち働いていた。
自室から衣類や雑貨を、図書室から書籍を ラウンジに運び込んで、それらのものをソファやテーブルの上にぽんぽんと放り投げるという作業を、氷河は熱心に行なっていたのである。

「おまえ、何やってんだよ」
「掃除をしているように見えるか?」
「見えないから、訊いてんだよ」
「瞬が帰ってくるからな。だらしのない毎日を過ごしていたようにせねばならん」
「……」
氷河の答えを聞いて、星矢は思い切り呆けてしまったのである。
つまり、氷河は、瞬の帰宅に合わせて、瞬の許容範囲内で部屋を汚す作業にいそしんでいる――ということらしい。

「ああ、瞬の迎えには、おまえと紫龍で行ってくれ。俺はなぜ来ないのかと訊かれたら、適当にお茶を濁せ。本当のことも嘘も言わずにな。俺はここだけじゃなく、部屋の方も散らかしておかなければならん」
「……」
何もしていないというのに なぜか激しい疲労感を覚える。
氷河のしていることに文句をつける気力も 彼をたしなめる気力も生むことのできなかった星矢と紫龍は、ひたすら無言で、氷河の指示に従い、2週間の長きに渡って瞬が閉じ込められていたラボに向かったのだった。


2週間ぶりに強化ガラスで囲まれた場所から解放された瞬は、自由の身になると最初に、星矢と紫龍に平身低頭で謝ってきた。
「ごめんね。氷河、散らかしてるでしょ。ごめんね」
「あ……いや……」
まさか、『まさか、おまえがいなかったおかげで、整理整頓ばっちりの空間で、クリーンかつ快適な毎日を過ごせていた』と、瞬に言うことはできない。

氷河にそうしろと指示されたからではなく、星矢はお茶を濁さないわけにはいかなくなったのである。
星矢が口ごもる様を見て、瞬は懸念を確信に変えたようだった。
『氷河は例によって物を散らかしまくり、仲間たちに迷惑をかけていたのだ』と、おそらくは氷河の計算通りに。

星矢と紫龍は、もはや言うべき言葉もなかったのである。
ただ、この緻密かつ精緻な計画性と計算能力を、なぜ氷河はバトルの場で発揮しないのかと、彼等はそれだけが不思議でならなかった。






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