そうして、気がつくと、僕は老人になって東シベリアの海の浜にいた。
若さを失う以前より少しだけ背が高くなっていたけど、僕が何の力も持たない ちっぽけな人間だっていうことは以前と同じ。
手足は細いし、特に力が増したわけでも減じたわけでもない。
ただ、その手はアンドロメダ島の砂漠の砂より乾いて しわだらけになってしまっていた。
それから、変わったものがもう一つ。
アンドロメダ島で灼熱の太陽の陽射しを遮るために僕が頭からかぶっていた皮布が、今では僕の唯一の防寒具になっていた。

僕の足元に、懐かしい金髪の仲間が仰向けに倒れている。
冬の東シベリア海。
岸には、僕が知っている海岸みたいな砂浜はなかった。
砂浜の代わりに、氷の床があった。
白い床に倒れている氷河の金髪が、その日最後の陽光を受けて銀色に見える。

心弱い仲間を救おうとしたせいで、氷河はこんなふうになってしまったんだって思ったら、僕の瞳からは涙があふれてきた。
すぐに、僕はその涙を拭ったけど。
こんな寒いところで涙なんか流していたら、それはすぐに睫毛ごと凍りついて目を開けていられなくなってしまう。
そのへんのことは、ここほどではないけれどアンドロメダ島の極寒の夜で、僕は理解していた。
命を永らえることが容易ではなく過酷な場所では、人は優雅に涙を流すこともできないんだ。

氷河は、意識は失っていたけど、心臓は動いていた――死んではいなかった。
でも、このまま何もせずにいたら、僕たちは長い時を待たずに死んでしまうだろう。
なのに、僕たちの周囲には何もない。
冷たく悲しげな音をたてて吹きすさぶ風と、荒れて騒がしい氷の海の他には。
僕は身体を覆う布一枚以外に何も持っていない。
僕は、相変わらず非力な子供で、今は無力な老人だった。
氷河の側にいても、どうすれば彼を助けてあげられるのか わからない。
その術も知らない。
風をしのげる家か、せめて火があったならと、僕は思った。
僕は、あの魔王と、『氷河を助けること』と『僕の若さ』を交換する契約を結んだんだから、彼は氷河を助けるための道具を僕に提供すべきなのに。
やっぱり僕は魔王に騙されたんだって、僕は一瞬 本気で思った。

でも、人って、一人だと何の力も持っていないけど、二人だとどうにかなるようにできているみたいで。
他に為す術もなく、僕は、僕にできる唯一のことをしたんだけど――凍えて冷え切った氷河の身体を抱きしめることをしたんだけど――そうしたら僕は、冷たく冷え切っているはずの氷河の身体の温かさを感じることができたんだ。
同時に、僕の身体が温かいこともわかった。

その事実に力づけられて、僕は、雪が凍って壁みたいになっている場所を見付けて、氷河をそこに運んだ。
老人って、子供とおんなじくらい力がないんだね。
それは結構な重労働だった。
なんとか風だけはしのげる場所に落ち着くと、僕は氷河の身体を抱きしめ、二人の身体を皮布で包んで その場にうずくまった。

火もない。コートもない。屋根もない。何もない。
あるのは互いの体温と、氷河に生きていてほしいと願う僕の心だけ。
氷河を助けたいの一心で、僕はもしかしたら、あの時初めて小宇宙を燃やすことができていたのかもしれない。
僕の願いは叶えられた。






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