もしかしたら、それは驚くべきことではなく、ごく自然な成り行き、あるいは、当然 予測できた事態だったのかもしれない。 おそらく、瞬を知る誰もが その可能性に思いを至らせたことがあったに違いなかった。 むしろ、聖闘士になって日本に帰ってくれば瞬に再会できると、疑いもなく信じていた氷河の方がおかしい――楽観的にすぎたのかもしれない。 だが、氷河は、本当に、一片の疑いもなく信じていたのである。 自分が厳しい修行に耐え聖闘士になって日本に帰りさえすれば、瞬はそこにいて仲間の帰国を待っていてくれるに違いない――と。 「瞬が死んだ……だと?」 星矢によってもたらされた情報を、もう一度 抑揚のない声で繰り返す。 星矢は頷くことはせず、ただ つらそうに眉根を寄せただけだった。 「一輝も帰ってきていない」 「……」 「そんな馬鹿なことがあるか! 瞬は、きっと帰ってくると――」 瞬は、きっと帰ってくるといってアンドロメダ島に旅立った。 頼りなく細い手足、心細げな肩、到底 力強いとは言えない足取り、瞳に涙をいっぱいためて、二度と会えないかもしれない仲間たちに、それでも瞬は『きっと生きて帰ってくる』と約束したのだ。 「さっき、アンドロメダ島から連絡があったそうだ」 「瞬は――」 「瞬は、おまえも知っている通り、泣き虫で、争い事が嫌いで、他人を押しのけても生き延びようなんてことを考えられるような子ではなかったし、一輝はデスクィーン島に送られる直前に、辰巳に半死半生状態にされていたそうだから……」 龍座の聖衣を手にして帰国した紫龍が、視線を床に落としたまま、既にすべてを諦めたような口調で呻くように言う。 その言葉に、氷河は音がするほど強く奥歯を噛みしめた。 不幸な兄弟――。 兄は弟を思い、弟は兄を慕い、二人は ただ懸命に生きようとしていただけだったのに、なぜ運命は そんな哀れな兄弟のささやかな願いさえ叶えてやろうとしなかったのか。 瞬に、他者を犠牲にしてでも生き延びようとする厚かましさを与えず、他者の痛みに涙する優しい心を与えたのは、いったい誰の仕業で、何のためだったのか。 氷河は、運命の理不尽に憤りを感じないわけにはいかなかった。 「瞬は……帰ってくると――人と戦い傷付ける力を身につけるための修行は嫌だが、それでもきっと帰ってくると――」 「聖闘士になって帰ってこれたとしても、それはそれで、争い事の嫌いな瞬には つらいことになっていただろうから……」 「それでも……瞬はきっと帰ってくると……!」 『帰ってくる』と言って旅立ったのだ。 瞳を涙でいっぱいにして。 いったい誰が――何が、瞬の命を奪ったのか。 瞬が送られたアンドロメダ島の過酷な自然環境か、優しさ以外の力を持たない瞬には耐え難いほど つらい修行か、それともアンドロメダ島には そんな瞬に敵意を抱くような冷酷な人間がいたのか。 そうではないだろう――と、氷河は思ったのである。 泣くことで つらい運命を懸命に耐えようとしていた瞬の健気な命を奪ったのは、瞬に聖闘士になることを強いた城戸光政。 そして、その孫娘――城戸沙織。 不運な子供たちがつらい修行に耐えていた間に、城戸光政は、彼が為した残酷の報いを受けることなく死んでしまっていたが、その男の ご立派な志を継いだ彼の孫娘は生きている。 瞬は死んでしまったというのに、彼女はのうのうと生きている。 それどころか、城戸沙織は、命がけの修行に耐えて日本に帰国した聖闘士たちを戦わせる見世物の開催を企み、その準備に意欲的に取り組んでいるという話だった。 彼女がもし瞬の命が失われたことを嘆くとしたら、それは、彼女が企画している見世物に参加させられる駒が減ったことに対してだけだろう。 いったい なぜこの世には そんな理不尽、そんな不公平がまかり通るのか。 氷河は腹が立って仕方がなかった。 「あの女はどこだ !? 瞬を殺しておいて、あの女はまだ生きているのか!」 気色ばんだ氷河が、掛けていた椅子から立ち上がり、乱暴な足取りでラウンジのドアに向かう。 紫龍は慌てて そんな仲間を引きとめようとした。 「来客中だ。おまえの気持ちはわからないでもないが、今はやめておけ。瞬が死んだのが城戸のせいだというのなら、俺たちが生きているのもまた城戸のおかげと言えないこともないんだ。何はともあれ、城戸光政は行き場のなかった俺たちを引き取り、住む場所と食う物を与えてくれ――」 「フライドチキンを食うためにニワトリを育てている養鶏家に感謝するニワトリがいるとは思えんな」 来客中だということを教えたのはまずかったと、紫龍は自身の迂闊に臍を噛んだのである。 それは、城戸沙織への怒りに燃えている氷河に彼女の居場所を知らせる行為だった。 紫龍の制止を振り切って、氷河がまっすぐに客間に向かう。 「氷河、おい!」 知らぬ存ぜぬを決め込むわけにもいかず、結局 紫龍と星矢は白鳥座の聖闘士のあとを追うことになった。 まさか氷河が城戸沙織を殴り倒すようなことはあるまいと思いはしたのだが、彼等は、氷河が彼女にそれ以外のことをするということも考えられなかったのである。 |