氷河の目と頭の具合いを案じる星矢と紫龍の耳に氷河の声が届けられたのは、第二のお嬢様の退室から3分ほどが経過してから。
氷河より先に我にかえった沙織が彼女のあとを追ってラウンジを出ていってから1分ほどの時間が過ぎてからだった。

「誰だ、あれは」
独り言を呟くように、虚空に向かって、氷河が尋ねる。
「だから、アフリカ帰りのお嬢様だって――」
氷河よりは現実的な星矢は、その時には、氷河が瞬の名を口にしたのは軽い錯乱と錯覚によるものと決めつけていた。
会いたい人に会いたいという思いが人に幻を見せたり錯覚を起こさせたりすることは、しばしばあること――とは言い切れないが、稀にはそんなこともあるだろうと考えて。

「瞬にそっくりだ」
「……確かに、瞬が生きていたら、あんなふうになっていたかもしれないが――。だが、別人だ。彼女の父親はエチオピアやケニアの駐在大使を務めたこともある人物で、彼女はいわゆる いいウチのお嬢様だそうだから」
紫龍の言うことを、氷河はまるで聞いていなかった。
「目が……瞬の目だ。瞬もあんな目をしていた。泣いていないのに 泣いているように見える、いつも潤んでる目――」
無駄と知りつつ、星矢が氷河を正気に戻すことを試みる。
「氷河。おまえの気持ちはわかるけど、諦めろって。いくら可愛くても瞬は男だったし、あのお嬢様はどっから何をどう見ても女の子だろ。あんな可愛い顔した男がいたら、それこそ世の中の女共の存在意義がなくなるってもんだぜ」

「……」
確かに、第二のお嬢様はどこから何をどう見ても少女だった。
だが、幼い頃の瞬もそうだったではないか。
ゆえに、星矢が唱える理屈は、氷河には、証明不要の数学の公理のようには受け入れられないものだったのである。






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