「僕は――生きて日本に帰りたかった。でも、聖闘士にはなりたくなかったんです。ううん、聖闘士として戦うことをしたくなかった」
瞬だと名乗ることはせずに瞬が語り出したのは、アンドロメダ座の聖闘士が身分を偽って故国に帰ることになった経緯だった。
ギリシャで聖闘士の称号と聖衣を手に入れた星矢でさえ知らずにいた聖域の実情を、青銅聖闘士たちは、アフリカの絶海の孤島で聖闘士になった瞬によって初めて知ることになったのである。

瞬が生まれた国 日本に、女神アテナが降臨した。
そのために、以前から胡散臭い気配のあった聖域で、不穏な動きが目立ち始めた――。
瞬が、師アルビオレから そう告げられたのは、瞬がアンドロメダ座の聖衣を身にまとう資格を得た翌日のことだった。

「日本に降臨した少女が本当にアテナなのであれば、我々聖闘士は、命をかけて彼女を守らなければならない。だが、彼女が真のアテナだという証拠はない。彼女が真のアテナなのかどうかを確かめなければならない――と、僕の先生は言いました。僕が聖闘士として帰ったら、偽者のアテナは、聖闘士の前ではアテナらしく振舞おうとするでしょう。でも、普通の人間として近付いて様子を探れば、油断して馬脚を現わすこともうるかもしれない。アテナの聖闘士は、どんな手段を用いても、城戸沙織が真実のアテナなのかどうかを確かめなければならないんだ――って」

『ですが、本物のアテナなら小宇宙でわかるのでは? 女神の小宇宙を見極められる聖闘士をひとり、彼女の許に派遣すればいいだけのことなのではありませんか?』
師の言葉を意外と思い尋ねた瞬に、瞬の師であるアルビオレはもどかしげに首を左右に振った。
『彼女は まだアテナとして完全に目覚めていない可能性が大きい。アテナとて聖闘士と同じで、小宇宙を燃やす術を知らなければただの少女にすぎないのだ。実際、聖域は判断しかねている。いや、判断しようとせずに、彼女を抹殺する刺客を送ろうとしてさえいる。私は聖域のやり方に賛同できない。今の聖域は――黄金聖闘士たちの中にさえ信に足る者はいないと言っていい』
『……』
アルビオレが現在の聖域に対して不信の念を抱いていることは、瞬も以前から察していたのである。
アルビオレは、聖域からの召集の指示を、これまで ことごとく無視してきていた。

『今おまえが城戸沙織の許に聖闘士として帰れば、おまえは否応なく その陣営に組み込まれることになるだろう。彼女が真実のアテナなのであれば、それで何の問題もないのだが、彼女が偽者だった場合、それは真実のアテナを裏切る行為となる。アテナの聖闘士として、それは、取り返しのつかない汚点だ。私は、おまえの師として、おまえにそんな過ちを犯させたくない』
師の慎重は 瞬には好ましいことに思われたし、また、弟子に向けられる彼の愛情と思い遣りには、瞬は感謝の思いしか抱いていなかった。
だから、瞬は、アルビオレの指示に従うことに躊躇を覚えなかったのである。

『おまえなら小宇宙を感じ取ることができるし、おまえが聖闘士になったことを知る者は、聖域には誰もいない。城戸沙織という少女に一般人として近付いて、彼女が真のアテナかどうかを探るんだ。以前 エチオピアの大使になったこともある人物の令嬢として、アフリカの窮民支援をグラード財団に申し入れるという名目で、城戸沙織に会えるよう、お膳立ては整っている。アフリカ各国の政府には、私もこれまで色々と力を貸してきたから――城戸沙織への紹介状や 日本での滞在費は、彼等に用意してもらった。事は聖域や聖闘士たちだけでなく、地上の平和と安寧に関わること。くれぐれも慎重にな』
師にそう言われて、瞬は、聖闘士ではなく瞬でもない人間として、懐かしい仲間たちとの再会を果たすことになったのだった。






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