「そうだったの……」
城戸沙織という少女が女神アテナであるか否か。
よもやそんなことで世界が大山鳴動の様相を呈しているなどと、当の沙織は考えてもいなかったらしい。
彼女は、今はまだ、女神アテナとしての意識より城戸沙織という一人の少女としての意識の方が強いようだった。

「でも、全く気付いていなかったわ。あなたが女の子だったなんて。初めて会った時からだから、8年近く、私はあなたを見誤っていたことになるわね。ごめんなさい」
「え……? あ、いえ、それは――」
申し訳なさそうに瞬に謝罪する沙織を見て、星矢たちは盛大に その顔を引きつらせることになったのである。
幼い頃には一緒に風呂にも入っていたので、星矢たちは 瞬が正真正銘の男子だという事実を知っていた。
とはいえ、ここで声高に沙織の認識に修正を入れることは、今現在 女子に見誤られるという不名誉に懸命に耐えている(のかもしれない)瞬にとどめを刺すようなものである。

幸い、瞬は、沙織の誤認に さほど気を悪くして様子は見せなかった。
おそらく、不幸にして瞬は、そういった誤認に慣れてしまっているに違いない。
「沙織さん、本当に僕が聖闘士だということしかわからないんですね……」
仲間たちの引きつりまくった顔を困ったように見やりながら、瞬が小さく苦笑する。
「ま……まあ、俺たちも氷河が瞬に気があったことに、全然気付かずにいたわけで、人のこと どうこう偉そうに言える立場じゃないけどさー」
星矢の軽口は、死んだと知らされていた仲間が生きていたことを知った喜びが生んだものだったろう。
知られたくなかったことを仲間たちに知られ、あげく、その事実を沙織の誤認と同じレベルのものとして語られてしまった氷河が、唇を引き結んでそっぽを向く。

「私は、自分がアテナだということに確信を抱いているわけではないの。でも――」
「でも、アテナの聖闘士である僕たちが そう感じます。あなたは僕たちの大切な人だと」
「私は、自分を信じることはできないけれど、あなたたちをなら信じられるわ。だから――私は女神アテナです」
それこそが、仲間たちや他ならぬアテナを騙し、氷河を悲しませても、瞬が確かめなければならなかったこと。
求めていた真実を手に入れた瞬は、肩の荷を下ろした気持ちで アテナと仲間たちに微笑み、そして、その場でただ一人 大団円の輪に入らずにそっぽを向いてしまっている氷河に、切なげな視線を投げることになったのだった。






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