感情表現があまり大らかではなさそうな大領主様が、最後に見せた嬉しそうな顔。
あそこは笑うようなところだっただろうかと疑いながら、瞬は謁見者控え室の隣りにある小部屋の扉を開けたのである。
椅子と小卓を置けば、それだけでいっぱいになってしまうような小さな部屋。
そこに、スキュティア国の国王がいた。
一脚だけある椅子は、腰掛けている者が、通称“通孔”から洩れ聞こえてくる隣室での会話を最もよく聞き取れる位置に置かれている。
興味深げな表情で その椅子に腰掛けている兄に、瞬はわざと鹿爪らしい顔を向けた。

「兄さん。仮にも一国の王が盗み聞きに興じているなんて感心できません」
到底 強面こわもてとは言い難い弟のしかめっ面に、スキュティア国の国王は全く脅威を感じてくれていないようだったが。
「ここはそのためにある部屋だし、おまえは、俺に聞いてほしいから、あの部屋であの男をからかってやっていたんだろう。楽しそうだったぞ」
「からかうだなんて、人聞きの悪い……。彼は、大切なお母様のために死を覚悟して我が国に攻め入ってきた健気な人なんですよ。僕は、痛む胸を必死に抑えながら、考え直すよう 彼を説得していたんです」

「それが嘘だとは言わんが、な」
それが嘘ではなく、軽口に紛れ込ませた本音だということが、瞬の兄にはわかっていた。
瞬は、今日初めて出会った異国の男のために必死だった。
母のために命を投げ出す決意をした男の話を聞かされてしまった瞬が、あの男の前で涙を耐え切ったことが、そもそも奇跡と言っていいことなのだ。

「まあ、説明の手間が省けて助かりますけど。結論から言いますと、僕は彼を処刑したくありません。彼は、お母様のことがなかったら、僕たちの敵にはならなかったはずの人だもの」
「羨ましいのか。母のために命を捨てられるマザコンの息子が」
兄に探るような目を向けられた瞬が、真正面から そんな兄を見詰め返す。
瞬は、兄にいらぬ心配をかけたくなかった。

「羨んではいないけど、力になりたい。僕は法に縛られず、情で動くことが許されている人間だと認識しています。大目に見てください」
「まずは、奴の言っていることが事実かどうかを確かめるのが先だ」
「じゃあ、お願いします」
「人使いの荒い弟だ。俺を誰だと思っている」
「スキュティア国 第42代国王陛下――弟に甘いので有名な」
「わかっているならいい」
親のない弟に いつも兄がついていることを瞬が忘れずにいてさえくれるなら、一輝はいくらでも瞬に使われてやるつもりでいた。






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