それでも倦まず弛まず努力を続けていれば、いつかは氷河を助けることができるような自分になることもできるだろうか――なりたい。
その尊敬を勝ち得たことを氷河が誇りに思ってくれるような自分になることができるだろうか――なりたい。

『氷河はおまえに尊敬されても嬉しくもなんともないってことだよ』という星矢の言葉を氷河が否定しなかったことに いたく落ち込んだ瞬が、いつまでも落ち込んだままでいなかったのは、幼い頃の氷河に与えられた教えが すっかり瞬の身についていたからだった。
努力を伴わない夢は、ただの逃避にすぎない。
夢を叶えるためには、人は努力しなければならない。
努力すれば、夢は叶うかもし・・・れない・・・のだから――。

だから、瞬は落ち込んだままではいられなかったのだ。
むしろ、瞬を悩ませたのは、その夢を叶えるために自分が具体的にどういう努力をすべきなのかが わからない点だった。
いっそ氷河を助けられるような自分になるために、氷河が何らかの窮地に陥っていれればいいのに――と、そんなことを考え、そんなことを考えてしまう自分を叱咤するようなことまで、瞬はしていたのである。

瞬がそんな数日を過ごしたあとのある日。
瞬は、幼い頃の自分が夢の世界に浸っていたベンチに 氷河が腰掛けているところに出くわした。
まだ本当の春には遠い、だが確かに春がすぐそこまでやってきていることが感じられる 冷たさと暖かさの中、氷河は、完全無欠な自分を夢想していた頃の瞬のように 顔をこころもち空の方に向け、その瞼を閉じていた。

「氷河、眠ってるの?」
見事な線で描かれた氷河の横顔を、瞬は できれば もうしばらく鑑賞していたかったのだが、瞬はその望みを早々に諦めた。
氷河はすぐに仲間の気配に気付くだろう。
そして、羨望混じりに美しい仲間の横顔に見入っている友人の態度を奇異に思うに違いないのだ。
瞬に声を掛けられた氷河が、ゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
そこに瞬がいることに気付いて、彼は僅かに唇の端を歪めた。

「あ……いや、起きたまま夢を見ていた」
「夢? 起きたまま? それって――」
覚醒したまま目を閉じて――現実の世界を見ずに――見る夢。
それは、瞬に、あるものを思い起こさせた。
つまり、幼い頃の瞬が逃げ込んでいた あの夢の世界を。
まさか氷河が、そんな世界に逃げ込み、そんな夢を見るようなことはないだろう――とは思う。
だが、今の氷河の様子が あまりに幼い頃の自分自身の姿に重なって――瞬はどうしても その考えを放棄することができなかった、

そして、氷河は、まさにあの時の瞬が語ったような夢を、不安に囚われている瞬に語ってきたのである。
少しばかり自嘲気味な声と表情で。
「その世界では、俺は完全無欠のいい男で、可愛いお姫様を守るヒーローなんだ。現実にはお姫様に助けられてばかりいるのに」
「あ……」
氷河の語る夢想に、瞬は当然のことながら、ひどく驚くことになった。
驚かないわけにはいかなかった。
それは氷河が語っていいことではなかったのだ――瞬にとっては。

「ほ……本当の夢は努力して叶えるものだって、氷河は僕に教えてくれたよ」
氷河に限って、努力を怠り成果だけを求めるようなことをしているとは思えなかったが、万一ということもある。
氷河に与えられた大切な座右の銘を、瞬は恐る恐る氷河に告げてみたのである。
が、氷河は瞬のその言葉に頷いてはくれなかった。

「俺は俺なりに努力しているつもりなんだ。だが、努力しても叶わない夢もある。それでも、その夢をどうしても捨てられない人間は夢を見続ける――叶わなくても。これは逃避というより、未練というものなのかもしれないな」
「それはそうかもしれないけど、そういうこともあるかもしれないけど、でも――」
それでも、氷河には夢を諦めてほしくない。
氷河には、自分の夢は叶うと信じ、夢を叶えるために努力し、そして、その夢を必ず現実のものにしてほしい。
瞬は、そうあってほしいと願っていた。
氷河ならきっとそうするのだろうと信じてもいた――信じていたかったのだ。
だが、氷河の返答は瞬の期待を裏切るもので、瞬は氷河の返答に尋常でないショックを受けることになったのである。

「人の心は、他人の努力では変えられないものだからな」
「氷河が守ってあげたいお姫様って、沙織さん……?」
瞬が、蚊の鳴くように小さな声で尋ねると、氷河は その瞳を一瞬大きく見開いた。
そうして彼は、彼の目に映る現実世界がやるせないものであるかのように、力ない笑みを瞬に返してきたのだった。






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