可愛い瞬。
きっと、おまえは俺のことを不実極まりない男だと思っているだろう。
当然だ。
おまえには俺を責め、なじり、嫌う権利がある。

何も知らなかった無垢なおまえに あんな振舞いをし、その夜のうちに姿をくらます。
そんなことをする男が卑劣でなかったら、この世界に卑劣な男は一人もいないことになってしまうだろう。
欧米列強が自国の利益のために他国を植民地化する行為だって、俺の不実に比べたら、紅茶に塩を入れる子供のいたずら程度のものだ。

卑劣と思われても仕方がない。
おまえが俺を憎み恨むことになっても仕方がない。
それは俺にもわかっている。

だが、俺には他にどうしようもなかったんだ。
俺は、おまえの優しい姿を見ているだけで満足すべきだったんだろう。
俺がおまえに好意を抱いていることを、俺はおまえに知らせるべきではなかった。
俺は――自分でもおかしな話だと思うが、おまえに好きだと告げた時、自分が おまえの愛を手に入れられるとは思っていなかったんだ。
だから、おまえに自分の恋を告白できたといっていい。

実らない恋。つまりは片恋。
それこそが、俺の欲していたものだった。
俺の思いに、おまえが同じ心を返してくれるとは思ってもいなかったんだ。

おまえも俺を愛するようになってくれるかもしれない――そう思った時に、そう予感した時に、俺はおまえの許から去るべきだった。
もっと早くにこうするべきだった。
だが、おまえは魅力的すぎて――おまえは、信じられないほど強い力で、俺の目と心と身体を おまえに惹きつけて――だから、俺はおまえの許を去ることができなかった。

あげく、その力に抗えず、おまえを抱きしめてしまった。
俺は、自分のしたことに心底から恐怖したんだ。
俺にはそんなことをする権利はなかったのに。
だが、俺は、おまえの持つ強い力に抗えなかったように、自分の心と身体にも抗えなかった。
いや、俺は結局 おまえという存在に抗えなかったんだ。

おまえは綺麗で、俺の五感と感情と思考と意思に訴える何か不思議な力を備えていた。
何か、どこかが、他の誰とも違っていた。
そのおまえが、手をのばさなくても触れられるほど俺の近くにいて、不思議な光を宿した瞳で俺を見上げ見詰めていた。
俺には抗する術がなかった。
気がついた時には、俺はおまえを組み敷いていて、自分の身体をおまえから引き剥がすことができなくなっていたんだ。

瞬。許してくれ。
幾度謝っても俺の罪は消し去れない。
それはわかっている。
だが、俺には他に言える言葉がない。
許してくれとしか。
自分の恋に抗えなかった俺を許してくれとしか。

今 俺は、自分が生きていることが恐い。
死ぬのも恐い。
おまえに会うまでは死だけを望んでいたのに、今は 生も死も――生と死の両方が恐い。
そして、どうすればいいのかわからない。

おまえに会いたい。
死を覚悟すれば会えるかもしれない――と思う。
だが、おまえを残して死ぬのは嫌なんだ。
生きていることが恐いのに、俺は生きていたいんだ。
だから、俺はおまえに会うことはできない。
俺が今いる場所をおまえに知らせることもできない。

勝手なことを言って すまない。
許してくれ、瞬。
心から すまないと思っている。






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