「氷河……。僕たちの恋って、そんなに許されないことなのかな」
瞬にそう問われた氷河は、理想家が思い描く理想の恋とはどんなものなのかということを考えたのである。
誰からも許され、認められ、祝福されることではないだろう――ということはわかる。
瞬はむしろ、そういった欲が排除された恋をこそ望むのだろう――とも思った。
いずれにしても、瞬の潔癖を考えれば 安直な返答を口にすることはできない。
氷河は結局、
「そうなのかもしれないな」
と、曖昧な相槌のようなものを口にすることしかできなかった。

確かにこれは誰にも祝福されない恋である。
氷河もそれは自覚していた。
だが、彼の中には、瞬以上に愛せる人間は この世界には――自分には――存在しないという確信があったのである。
氷河の心を瞬ほど強く深く震わす者はいなかったし、その身体を抱きしめ、自分のものにしたいという強い欲望を、瞬ほど激しく燃え立たせてくれる者もいなかった――瞬の他には、そんな人間は ただの一人も存在しない。
誰にも祝福されない恋と知っていたにもかかわらず、氷河が瞬との恋の中に我が身を投じたのは、その確信のゆえだった。

社会的周知や公認を求めないだろう瞬は、純粋な心の欲、その欲が生む肉欲を、どう考えているのか。
心身のすべてで交合の快楽を享受する瞬の姿を見知っているだけに、そして、それでも清らかであり続ける瞬という人間を知っているだけに、その答えを見付けることは、氷河には困難な作業だった。


「瞬。おまえは、人間が ただ美しいだけのものになれない現実がつらいか」
氷河にそう問われた瞬は、氷河は二人の恋を美しくない恋だと認識し苦しんでいるのだろうか――と思ったのである。
そうではないだろうと、瞬はすぐに思い直したが。

人は一人では生きていくことはできない。
では二人なら生きていけるのかというと、それもまた難しい。
人が生きていくには、“社会”というものが必要なのだ。
氷河が この恋を醜悪なものと思っていないことは わかっている。
だから、氷河は、二人の恋を認めない社会の方が醜いという結論に至るしかなかったのか――。

いずれにしても、それは瞬一人ではどうすることもできない現実である。
恋し合う二人が力を合わせてもどうすることもできない現実だった。
「そうだね……。人が美しいだけのものになれたらどんなにいいだろうと思うよ」
美しいはずの恋を他者から認めてもらえないものにしている自分の醜さが悲しくて、瞬は力ない声で氷河に答えた。

だが、瞬は、一瞬たりとも、この恋を後悔したことはなかったのである――少なくとも昨日までは。
幸せで満ち足り、時に心地良い慰めにもなる この恋。
自分がそうだから 氷河もそう感じていてくれると思い込んでいた自らの浅はかを、瞬は今は悲しんでいたが。
それは、瞬の初めての後悔だったかもしれない。


瞬は、アテナに許しを請うことも考えた。
もちろん、アテナは氷河の罪を許すだろう。
それがわかっているからこそ、瞬はアテナに許しを請うことはできなかったのである。


氷河は、アテナに許しを請うことも考えた。
もちろん、アテナは瞬の罪を許すだろう。
それがわかっているからこそ、氷河はアテナに許しを請うことはできなかったのである。






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