「魔女の証なんて、そんなものがあるわけがない」
「でも、僕は普通の人と違うの」
「それで おまえの気が済むのなら調べてやらないこともないが」
聖闘士がどういう存在であるのかということをシュンに説明することは、魔女がどういうものなのかということを説明することより はるかに難しいことである。
その説明をするより、シュンが悪魔と契約を交わした魔女ではないことを確認してやることの方が よほど容易で 手っ取り早いかもしれない。
そんな気持ちで安請け合いをしてしまってから、ヒョウガは慌てて首を横に振った。
悪魔との契約の印がシュンの身体のどこにもないことを“調べ”ようとした時、自分が具体的にどういう作業をすることになるのかということに気付いて。

「いや、やはりやめておこう」
シュンが、そんなヒョウガを すがるような目をして見詰めてくる。
シュンは魔女ではない。
魔女などというものは この世に存在しない。
その事実には確信があったが、しかし、妖術や魔法の類は本当にあるのかもしれないと、ヒョウガは思ったのである。
訴え すがるようなシュンの瞳を見詰めていると、そのまま意識が遠のきそうになる。
喉が痛いほど渇き、その渇きと痛みは、彼がシュンに惹かれたのは シュンが聖闘士だったからではないということを、ヒョウガにはっきりと知らせてきた。

「俺は――俺は、おまえが……」
魔法でないなら、シュンの瞳が持つ この力は何なのか。
その力に抗いきれず、ヒョウガはシュンの細く頼りない肩を 強く抱きしめてしまっていた――そうするつもりはなかったのに。
「俺は 魔法にかかった気分だ。おまえが女神より綺麗に見える。触れたら、離れられなくなりそうだ」
囁きながら、シュンの唇に唇で触れる。
触れているだけでは我慢できなくなり、ヒョウガはシュンの唇と歯の間に 自分の舌を忍び込ませてしまっていた――そうするつもりはなかったのに。

「おまえは魔女なんかじゃない。ただ綺麗すぎて優しすぎたから、女たちの嫉妬を買ってしまっただけだ。おまえは魔女なんかじゃない。俺はおまえを信じているし、何があっても おまえが好きだ」
「あ……」
自分は魔女だと信じていたから、シュンの家の菜園で、ヒョウガが今と同じことをしようとした時、シュンは彼から逃げるしかなかったのだろう。
ヒョウガまでを悪魔の眷属にしてしまうことを避けたかったから。
シュンは今は――シュンは今も悲しげに涙で瞳を潤ませてはいたが、その涙は怯え冷え切ったものではなく、情熱と言っていいような熱いものをたたえていた。

「僕……僕は魔女でもいい。僕の魔法にかかって、ヒョウガが僕を抱きしめてくれるのなら。僕は魔女でもいい。明日、殺されてしまってもいい。ヒョウガが、今日だけでも僕を好きになってくれるのなら」
「おまえは魔女なんかでは――」
「僕は魔女なんだから、ヒョウガを好きになっちゃいけないんだって、ずっと自分に言いきかせていた。でも、好きになっちゃいけない 好きになっちゃいけないって思うほどに、僕はヒョウガを好きになっていくの。ヒョウガと離れたくなくなっていくの。どうすればいいのか わからなくて、苦しくて、どうして僕は魔女なのかって、毎日泣いていた……」
「シュン……」

たとえシュンが本当に魔女だったとしても、この健気な心と身体を抱きしめずにいられるものだろうか。
シュンを抱きしめることが そのまま悪魔と契約を交わすことになるのだとしても、この震える魂を抱きしめずにはいられない。
ヒョウガはすっかりシュンの魔法のとりこになってしまっていた。
抱き上げた身体の重みを感じる前に シュンの身体を寝台の上に置き、そのまま自分の身体の重みでシュンを押さえつける。
シュンの唇に ほとんどむしゃぶりつくようなキスをしながら、ヒョウガはせわしなく手を動かして、シュンが身に着けていたものを取り払った。

「ごめんなさい……僕、きっと魔女なの……!」
シュンは抵抗らしい抵抗も見せず、むしろヒョウガに細い腕を絡ませて、シュンの身体を愛撫しようとするヒョウガの邪魔をしてきた。
「そんなことはない。魔女なんてものはいないんだ」
温かい肌、優しい感触、健気で未熟な仕草。
魔女も聖闘士もただの人間も、恋の衝動に抗い通すことなどできるものではない。
ましてシュンの肌は愛されるためだけに存在するような肌で、その肌を愛撫する者に異様と言っていいほどの快楽を運んでくるものだったのだ。

「もし この村に魔女がいるとしたら、それはおまえじゃない。誰かを魔女に仕立て上げようとする人間の心こそが、悪魔に囚われているんだ」
シュンのために そんな言葉を囁いている間にも、ヒョウガの五感は、熱を帯び、しなり、身悶え、のけぞるシュンの身体の中に取り込まれていく。
捕えた人間を逃すまいとする底のない沼のように、シュンは ゆっくりと、だが確実に、ヒョウガを我が物にしようとしていた。

「ああ……っ!」
ヒョウガが外から勢いよく シュンの身体を貫いた時でさえ、ヒョウガに攻撃を仕掛けているのは、ヒョウガではなくシュンだった。
ヒョウガのすべての感覚と心は シュンの魔法に包み込まれ、シュンの中にあり、その尋常でない快楽に支配されているのはヒョウガの性器ではなくヒョウガの全身だった。
「痛い……ヒョウガ、いたい……」
シュンが か細い泣き声を洩らしていたが、それはヒョウガの耳には ほとんど意味のある言葉として届いていなかった。
接合の痛みに涙をにじませている その時にさえ、身体を大きく のけぞらせて、二人の接合を更に深くしようとしているのは、ヒョウガではなくシュンの方だったのだ。

「シュン、我慢してくれ。俺は我慢できない」
勝手な言い草だと思うのに、シュンは、ヒョウガの背にしがみつかせていた指先に力をこめることで、ヒョウガに頷いてきた。
これが魔女の持つ力だというのなら、一生 魔女に囚われたままでいたい。
そう思いながら――否、感じながら――ヒョウガはシュンの中で最後の一瞬を迎えたのである。
二人の間に快楽を生むシュンの力は無限のものらしく、シュンはすぐに、ヒョウガを新たな時間のうねりの中に いざなってくれた。






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