いくら構成員の半数以上が女たちとはいえ、一国の首長と その随行員が他国を通るのには手間がかかるし、他国の者に あらぬ疑いを抱かせる事態も起こりかねない。 
アテナが陸路を避け海路を採ったのは、他国の感情を考慮した上でのことではあったろうが、同時に、時間を節約するためでもあったろう。
陸路なら3、4日かかるところが、海路なら1日。
アテナと彼女の従者たちを乗せた船は、翌日の昼過ぎにはスパルタの港に無事に到着していた。

港には、スパルタの長老会の構成員と思われる老人たちと、百を下らない数の武装したスパルタ兵。
船の甲板から、港に立つ いかにも重々しい空気をまとったスパルタの出迎えに者たちを見おろしたアテナは、その重々しさに緊張するどころか、逆に楽しそうに その唇で笑みを作った。
「潤いも華やかさもない出迎えだこと。スパルタの者たちの心に、いかに余裕がないのかということが如実に わかる光景だわ。せめて身にまとうものの色だけでも明るいものにすればいいのに、くすんだ色ばかり」
「でも、輝いているものもあります」

シュンは港に並ぶ兵たちの盾や剣に言及し、アテナに注意を促したのだが、アテナはそれを、
「不粋ね」
の一言で片付けてくれた。
そして、甲板から岸壁に掛けられた階段の方に、恐れる様子もなく歩き出す。
粋を好むアテナを、不粋なものから守らなければならない――。
シュンは、急いで彼女のあとを追ったのである。

丈の長い純白の貫頭衣に鮮やかな緋色の帯と外套を海風になびかせて、アテナは先陣を切ってスパルタの港に降り立った。
26歳の女盛り。
彼女は、匂い立つような艶と、夫を持ったことのない処女の潔癖、冒し難い気品と威厳とを その身に兼ね備えた稀有な女性だった。
軍役を退いたとはいえ 元は戦士だったスパルタの長老たちは、一人の華奢な女性の前で緊張に顔を強張らせている。
こういう時、彼等の目には、自分より小柄な女性が実際より大きく見えているのだということを、シュンは知っていた。

だが、スパルタの長老たちが その顔に浮かべた“敵国”の女神への畏怖の念は、徐々に薄れていったのである。
さほどの時をおかずに、彼等の表情が 気の抜けた驚きとでもいうようなものに変わっていったのは、アテナに続いて次々に船から降り立ってきた女たちの姿を認めたからのようだった。
長老たちの後ろに立ち並ぶ兵士たちは既に驚きを通り越して、瞳を輝かせている。
船から降り立つ華麗な衣装を着けた女性たちを見て、彼等は色めきたっていた。

「アテナイのアテナには危機感がないのか。船から出てくるのは女ばかりだぞ。護衛の兵はいないのか」
「それは仕方あるまい。軟弱なアテナイの男たちがスパルタに来てみろ。我々の鍛えられた身体を見て、自らの貧相に恥じ入り故国に逃げ帰るしかなくなる」
「しかし、美女ばかりだな。俺はあの紅色の服の女が――」
「俺はどちらかというと、その前を歩いている紫の髪飾りの女がいい」
「アテナの側に、一人 ものすごい美少女がいるぞ」
「あれは幼すぎるだろう。妻にするならともかく、大人同士の楽しみを楽しむなら、もう少し熟れている方がいい」
「しかし、あれだけ美しければ、自分の手で女にするのを楽しむこともできるだろう」

スパルタの兵士たちは、声をひそめるということを知らないようだった。
スパルタの兵士たちに あからさまに好色の目を向けられても、アテナに言い含められているアテナイの美女たちは全く臆した様子もなく堂々と顔をあげて、嫣然と微笑んでいる。
その場で、顔を伏せているのはシュンだけだった。
スパルタの兵士たちが美少女呼ばわりしているのは、どう考えてもシュン自身である。
成人前なのでヒマティオンは身につけず、丈の短いキトンだけを着ていたが、シュンは確かに男子の衣装を身に着けていたのであるが。

兵士たちのざわつきに慌てたらしい長老の一人が、もつれるような足取りで一歩前に出てくる。
彼は、一度 背後を振り返って自国の兵士たちのざわめきを睥睨で制してから、アテナに おざなりな浅い礼をした。
「スパルタは、アテナイのアテナのお越しを心から歓迎いたします。宿舎を用意しましたので、まずはそちらの方で お身体をお休めください」
「まあ。勇猛果敢で知られた貴国のこと、大掛かりな歓迎の剣舞でも ご披露いただけるかと期待していましたのに」

にこやかな笑顔で、“敵国”の代表団を挑発してみせるアテナの豪胆。
シュンは、彼女の言葉を軽い冗談にするために、スパルタの長老たちに少々苦しい笑顔を作ってみせなければならなかった。






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