「――と、アテナに言われて来ました」
誠意と正直を身上にしているシュンは、その夜、彼が忍び込んだ部屋の主に、誠意をもって正直に、アテナの従者が敵国の将の部屋に忍び込むことになった経緯を、ヒョウガに告げたのである。
正確を期すために、アテナの言葉を ほぼそのまま。

「俺に、人生には戦いよりも素敵なことがあるということを教えるために?」
「はい」
部屋の灯りを消して就寝しようとしていたヒョウガは、アテナの命令の内容を真剣に説明する深夜の珍客の悪びれた様子のなさに、軽い目眩いを覚えていた。
「……無茶はするなと言ったのに……」
シュンが、敵国の将の忠告より、自国の守護女神の命令を優先するのは当然のことである。
シュンが深夜 敵国の将の寝室にいることは、そういう視点から見れば至極当然のことと、ヒョウガも得心できないわけではなかった。
だが――。

「アテナの考えていることがわからん」
ヒョウガが、こめかみを指で押さえ 低く呻く。
アテナの考えていることがわからない――その言葉とは裏腹に、アテナの考えが わかるからこそ、ヒョウガはこの状況をどうしたものかと、頭を抱えることになってしまったのだった。

いっそ、アテナの思惑通り(あるいは、思惑に反して?)、この清らかでいたいけな生け贄を、男の欲望で汚し、満たしてしまおうかと、ヒョウガは考えた。
そのあとで、己れが従う主としてシュンが選ぶのは、彼を屈服させた人間の男か、それとも やはり彼の女神なのか。
試してみたいと、ヒョウガは、9割9分 本気で思った。






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