Shinning Days






僕は、幼い頃に観た古い映画を思い出していた。
戦争が、愛し合う二人を引き裂いてしまう映画。
夫は戦場から帰ってこなかった。
妻は彼の帰りを たった一人で待ち続けた――10年もの長い間。
10年後、生きている彼を見たという話を聞いた彼女は、戦場だった国に彼を捜しに向かう。
そこで彼女が見たものは、記憶を失い、自分以外の女性と家庭を築き、子供まで儲けていた 愛する男の姿。
衝撃を受けた彼女は、ひとり電車に飛び乗り 号泣する。
かつては戦場だった大地に、どこまでも続く ひまわり畑――。

あの映画を観たのは、僕がまだ本当に小さな頃で、たまたま古い名作映画が放映されている時に、誰かが城戸邸のラウンジにあったテレビのスイッチを入れてしまっただけだったんだろうと思う。
恋がどんなものなのかも知らず――当然、愛する人を失った あの映画のヒロインの真情を正しく理解できていたはずもないのに、僕はただ悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。

戦争が、愛し合う二人を引き裂いた。
長い年月を経て再会した二人――かつては激しく愛し合い恋し合っていた二人。
あの映画の二人の姿に――僕は、今の僕と氷河を重ね合わせていた。
長い長い別れの時。
二人はもう、あの頃のように若くはない。
再会した恋人には、他に愛する人がいて、僕の入り込む余地はない――。


あの映画の二人のようにドラマチックじゃなくても――昔の恋人に再会した時、人はどういう顔をするものなんだろう。
きまずそうな顔?
それとも、もう何のわだかまりも抱いていないふうを装って、穏やかな笑顔を作るんだろうか。
それはきっと、二人が どういう別れ方をしたのかにもよるんだろう。
互いに情熱が冷めて自然に関係が消滅した恋人たちと、派手な喧嘩をして別れた恋人たちと、まだ愛し合っていたのに、二人の心には関係のない別の理由で別れを余儀なくされた恋人たちとでは、再会した時の気持ちも違うはずだもの。

僕と氷河のあれは――喧嘩別れだったんだろうか。
僕たちはまだ好き合っていた――二人が別れた時、少なくとも僕は まだ氷河が好きだった。
でも、僕たちは別れなければならなかった。
これ以上 二人が一緒にいたら、僕たちはきっともっと傷付け合うだけだろうって、そう僕たちは思っていたから。
そんな時に たまたま何千キロも隔たった場所に行くようにっていう上からの指示があって、僕たちは異議も唱えずに その指示に従った。
僕は、あれ以上 氷河を傷付けたくなかったし、氷河に傷付けられることにも耐えられなかったんだ。
……ううん。あれは本当は――あの頃は、僕が一人で勝手に傷付いていただけだった。

あの頃の僕は、恋っていうのは、相手を好きだっていう気持ちがあればいいのだと思っていた。
相手の心を思い遣ることを知らなかった。
僕の気持ちを氷河にわかってもらいたくて、でも、氷河の気持ちをわかろうとはしていなかった。
氷河が僕を好きでいてくれるのなら、僕の望みを何でも叶えてくれるのが当然だと思っていた。
僕自身は、氷河が何を望んでいるのかなんてことを 考えもしなかったくせに。

多分、僕は子供すぎたんだ。
恋をするには子供すぎた。
恋はそれぞれ別の心を持った二人の人間がすることなのに、あの頃の僕は そんな当たりまえのことにすら考えを及ばせていなかった。
ああ、もう、潔く認めてしまおう。
僕は氷河に振られたんだ。
我儘が過ぎて、振られた。
どんなに綺麗な言葉で言い繕っても、それが事実で現実。――つらい事実。

なのに、僕が氷河に再会した時、僕の胸の中に蘇ってきたのは、僕が氷河と一緒にいた時――二人が一緒にいられた時、僕がどんなに幸せだったかということだけで……その記憶だけが僕の中で鮮やかに蘇ってきて、僕はその場に立ち尽くした。
5年――違う、6年振りかな。
氷河はあの頃より、背が高くなっていて、肩幅が広くなって、胸に厚みが増して、綺麗なのは相変わらずだけど、少し綺麗の種類が変わったみたい。
鋭い刃物みたいな印象の強かった表情が、驚くほど温和になっていた。
もちろん、あの頃に比べれば、だけど。
氷河は優しい眼差しの持ち主になっていた。
優しい眼差しで、僕を見詰めてくる。

氷河の その眼差しに出会った時、ああ、きっと今の氷河には、僕なんかより ずっと優しくて素直で可愛らしい恋人がいるんだろう――って思った。
氷河のその優しい眼差しは、僕なんかと違う優しくて温かくて可愛い人のためのもの。
僕なんかと違う優しくて温かくて可愛い恋人が、氷河をそんなふうに変えたんだろう。
それは、僕にはできなかったことだ。
僕たちは、6年以上会わずにいた。
その6年の間に、氷河はどれくらいの恋をしたんだろう。
氷河をそんなふうに変えたのは、僕の次の人? それとも、何人かめの今の人?
そんなことを考えて、僕はまた一人で勝手に傷付いて、そして泣きたくなった。

この人と、僕はどうして別れてしまったんだろう。
僕は、今でも、こんなにこの人が好きだ。
こんなに氷河が好きだ。
氷河と別れてから、僕はいろんな人と出会ったけど、誰も氷河みたいに僕の心を動かすことのできる人はいなかった。
僕はずっと 別れた氷河を思い続けてきたのに、氷河はそうじゃなかった。
当然のことなのに、僕はまた、悪い癖を出して、勝手に自分一人で傷付いた。
僕のこの性格が、二人を別れさせたのに。
この6年で、氷河は うんと大人になったのに、僕は6年前のまま。
氷河は変わったのに、きっと あの頃よりずっと大人になったのに、僕は あの頃のまま、何も変わっていなかったみたいだ。
我儘で、自分の傷心にだけ敏感な子供のまま。
こんな僕は、きっともう二度と氷河に振り返ってはもらえないんだ。

そう、僕たちが別れを余儀なくされたのは、僕のこの我儘のせいだった。
僕が氷河を独占したがって、氷河のすべてを僕のものにしたがって、僕の知らない氷河がいることが我慢ならなくて、氷河を僕に縛りつけようとしたから。
ほんのちょっと氷河の姿が見えないと、それだけで不安になって、苛立って、『どこに行ってたの』『誰といたの』『僕以外の誰かと一緒にいたんでしょう』。
恋人同士だって、親子だって、夫婦だって、別々の個人が 片時も離れず いつも一緒にいられるわけがないのに、ことあるごとに そんなことを ヒステリックに問い詰めてくる恋人なんて、氷河はきっとうんざりしていたに決まってる。

『俺にもいろいろ都合がある』だの『俺には一人になる時間もないのか』って、当然のことを言う氷河に噛みついて、あげく泣き出して。
僕は、氷河に僕だけを見ていてほしかったから。
僕の知らない氷河だけの時間や、僕の知らない氷河だけの知り合い――そんなもの、僕は欲しくなかったから。
僕は子供だったんだ。
子供過ぎて、僕は、氷河を我儘で縛り、涙で縛り、そして、氷河を傷付けることしかできなかった。

泣きたい。
どうして あの頃の僕は、あんなに子供だったんだろう。
氷河と僕は、それぞれに独立した二人の個人で、僕の知らない氷河がいたって、それは仕方のないことだったのに。
なのに、僕は、子供みたいに、氷河に いつも僕だけを見ていてもらいたかった。
母親の目を自分に引きつけようとして、わざと悲鳴をあげたり、泣いたり、拗ねたりする、2、3歳の小さな子供みたいに。
氷河は、僕の安全や成長に責任を持つ母親じゃなかったのに。






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