『また氷河と離れ離れになるのは、僕には耐えられない!』
僕が、言ってはならない その言葉を口走ってしまいそうになった時だった。
「なんだ なんだ、おまえらー!」
僕と氷河が6年振りの再会を果たした その部屋のドアが開いて、星矢の素っ頓狂な大声が室内に響き渡ったのは。

ほとんど無自覚に――太陽から遠ざかった地球が、太陽の引力に引かれて また太陽に近付いていくように瞬に引きつけられ、瞬を抱きしめかけていた俺は、腹が立つほど呑気でデリカシーのない星矢のその声で 我にかえり、瞬の肩に触れる直前だった手を その場で硬直させることになったんだ。
星矢のすぐ後ろには紫龍の姿もあった。
星矢ほどではないにしても、奴もまた、悩み事なんか一つもなさそうな平和を極めている顔を俺と瞬に向け、そして、瞬の瞳から零れ落ちているものを認め、苦笑めいた笑みを作る。

「瞬は相変わらず泣き虫のままなのか? 氷河との再会が叶って感激する気持ちはわかるが」
「おまえら、喧嘩別れみたいな別れ方したから、再会してもぎくしゃくするんじゃないかって心配してたんだけど、取り越し苦労だったみたいだな」
「6年越しの喧嘩の終焉か。何にしても壮大な話だ」
「そんで? おまえら、また あの頃みたいに べたべたナカヨクし始めるわけ? おまえらってさ、おまえらのべたべたを毎日見せられる俺たちの迷惑なんて考えたことないんだろ。また あの日々が始まるのかと思うと、それだけで うんざりするぜ、俺は。あれは、ほんと、勘弁してほしいよなー」

僕たちが元の鞘に戻ったと決めつけて 紫龍に同意を求めていく星矢に、僕は慌てた。
氷河にはもう、きっと 僕以外に好きな人がいるに違いないのに、そんなこと既成の事実みたいに言われたら、氷河が困ることになるもの。
「僕は――あの頃は、女の子みたいな外見をしてたから、だから氷河は錯覚していただけだったんだよ。僕はもう大人になって、女の子には見えなくなったでしょ。僕たちはもう、あの頃の僕たちには戻れない。戻れるわけないでしょう」

俺たちが よりを戻したと思い込んでいるらしい星矢の言い草に、俺は焦った。
もし瞬が、俺以外の誰かを好きで、その憎たらしい奴と幸せでいるのなら、星矢の決めつけは瞬には迷惑なだけだろう。
「残念ながら、そんなおめでたい展開にはならない。こんな しょぼくれた おっさんになってしまった俺が、今更 瞬とやり直したいなんてことを望むのは図々しすぎる話だろう。いや、むしろ滑稽だ……」
あの幸福だった時を、俺はもう取り戻すことはできない。
それがわかるくらいの分別は、幸いなことに、今の俺には備わっている――いや、不幸にも備わってしまったというべきか。
俺はもう、あの頃のような無鉄砲ができる歳ではなくなってしまった。

俺は、すっかり分別のついた大人になって――大人になるということは、本当に詰まらないことだ。
いや、そもそも人間という生き物が、どうしようもなく救い難い生き物なんだ。
分別のない若い頃には、恐れも知らず猪突に愛する者の心にぶつかっていき、人を思い遣ることを知らない若さと愚かさが 愛する者の心を傷付ける。
大人になって、少し知恵がつくと、今度は自分が傷付くことや相手を傷付けることを恐れて、愛する者から遠ざかる。

あの古い映画の二人も、別れを余儀なくされていた年月が せいぜい半年かそこいらで、その身体と心に、若さゆえの残酷、若さゆえの情熱、若さゆえの無分別が残っていたなら、かつての恋人との日々を取り戻すために走り始めていたに違いない。
だが、あの二人の間には10年の年月が横たわっていた。
俺と瞬の間にある年月は6年。
離れて過ごした空白を埋め、あの頃の情熱を取り戻すには、あまりに長すぎる時間だ。
眩しいほどに輝いていた あの頃を取り戻すことは、もうできない。
時計を逆にまわすことは誰にもできない。
二度と取り戻すことのできない長い時間に、俺は膝を屈するしかないんだ。






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