「あれだけキーワードを散りばめてやったら、氷河の好きな相手が誰なのかくらい、瞬にもわかるよな?」
仲間の恋に すっかり気落ちしてしまったような瞬を ひとり その場に残して廊下に出た星矢は、彼と共に廊下に出た龍座の聖闘士に、彼にしては音量を抑えた声で確認を入れてみた。
龍座の聖闘士から返ってきたのは、
「わかると思うか?」
という、あまり楽しい気分には なれない答え。
その 楽しくない答えに同感せざるを得ない現実が、星矢に深い溜め息をひとつ運んでくる。

他人の美点を見付ける術に長け、その美点を過大評価する傾向のある瞬は、だが、自分の美点や自分に向けられる好意には鈍感なところがあった。
要するに、瞬は、うぬぼれることがヘタなのである。
うぬぼれの美徳に恵まれていたなら、瞬は とうの昔に、『もしかしたら、氷河って僕に気がある?』と疑うことくらいはしていたはずだった。
現に、星矢と紫龍は、氷河に何を告げられたわけでもないというのに、普段の彼の振舞いを見ているだけで、氷河の恋の相手が誰なのかを察知し、確信することができていたのだから。

「やっぱ、氷河はさ、瞬に はっきり言った方がいいと思うんだけどなー。言葉で伝えなきゃ、瞬は、氷河の好きな相手が誰なのかなんて、いつまでたっても気付かないって」
「そうは言ってもな。氷河が好きになった相手は、いろいろ特殊すぎる人間だから……氷河もあれこれ悩んでいるんだろう」
「かもしれねーけどさー……」

一人の男が恋する相手として、瞬が 過ぎるほど特殊な人間だということは、星矢も承知していた。
アテナの聖闘士で、同性で、その上、“地上で最も清らかな”(とされている)人間。
どう考えても、明るく気軽に、『俺はおまえが好きだ』と告白できる相手ではない。
だが、それでも、『俺はおまえが好きだ』と言葉で伝える以外、氷河の気持ちが瞬に通じることはないだろう――というのが、星矢の率直な意見だったのである。






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