ところで、星矢は、得心できないことを いつまでも得心できないまま胸中にくすぶらせている状況に耐えることのできない人間だった。
正義は正義で悪は悪、白は白で黒は黒と はっきりしていない状況は、何といっても居心地が悪く、落ち着かない。
恋もまた同様に、実って幸福になるか、華々しく失恋して さっぱりするか、そのいずれかに落ち着くことが望ましい。
世の中のすべての事象が『0』か『1』のどちらかで示されるデジタル処理のように割り切れるものではないことは、星矢も理解していたが、理解することと認めることは全くの別物である。
決着がつかず、いつまでも どっちつかずの状況でいることは、たとえ他人の色恋沙汰でも、星矢の好むところではなかったのだ。

だから、星矢は瞬の許に赴いたのである。
氷河が言えないというのなら、その言葉を 氷河の代わりに自分が瞬に告げて、なんとも中途半端な この現況に蹴りをつけてやろうと考えて。

が、そんなふうに固い決意と覚悟を心身に みなぎらせて瞬の部屋に出向いた星矢を迎えたものは、氷河に苦しい恋を強いているアンドロメダ座の聖闘士の後悔と悲嘆で縁取られた顔。
つまり、星矢が最も苦手とする、瞬の涙だった。
氷河を振るか 受け入れるかの二者択一を瞬に迫りにいったはずの星矢は、そこで、瞬の泣き言を聞き、瞬を慰めてやらなければならない羽目に陥ってしまったのである。

「氷河は……その人のことを100年でも200年でも待てるんだって。でも、もし、僕が氷河の立場に立たされたら……僕はそんなに待てるかどうか自信がない」
「氷河は執念深いからな。特殊なんだよ」
「氷河は執念深いんじゃなくて一途なんだよ。氷河にあんな偉そうなこと言ったくせに、僕は、氷河よりずっとずっと弱い心の持ち主だったみたい……」
「なんだよ。おまえ、100年待たずに童貞を捧げたい相手でもいたのか」
「そんなふうに考えたことはなかったけど、いつまでも側にいさせてほしいと思う人はいたみたい」
「……」

氷河の童貞宣言が為されたのは、昨日の昼下がり。
その時から、時間はまだ24時間も経過していない。
そして、その24時間に満たない間、瞬は城戸邸から一歩も外に出ていなかった。
当然、その間に、瞬に新しい出会いがあったということは考えにくい。
以上のことから導き出される答えは、ただ一つ。
瞬が『いつまでも側にいさせてほしいと思う人』は、瞬が以前から知っていた人物である――ということだった。

「僕は気付くのが遅すぎた。その人は僕じゃない人を――その人だけをまっすぐに見詰めてるの」
仲間の前で 肩を震わせ さめざめと泣き出した瞬を見て、星矢は その人差し指で かりかりと自分の頬を掻くことになったのである。
第三者が気を揉まなくても、余計なお節介に及ばなくても、0.01パーセントの可能性が現実のものとなることは ほぼ確実――と、星矢は思わないわけにはいかなかった。
となれば、恋の第三者が二人に余計な手出しをすることは、どう考えても避けた方が無難にして賢明である。

星矢はもちろん、彼が無難かつ賢明と考えた対処方法を、すみやかに実行に移した。
つまり、彼は、恋し合う二人の仲間を放っておくことにしたのである。
彼は、正真正銘 賢明な男だったから。






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