一輝国王が瞬王子の離宮を前触れもなく訪れたのは、氷河が瞬王子付きの侍従長になって1ヶ月が過ぎた ある日のことでした。
瞬王子は一日に一回は必ず、一輝国王のいる主宮殿に赴いていたのですが、その際 氷河が瞬王子に同道することはありませんでした。
氷河は 相変わらず自分の境遇に不満たらたらで苛立っているのか、それとも、諦めて大人しくなったのか。
それを確かめようとして、一輝国王は抜き打ちで瞬王子の離宮を訪れたのでした。
そうして彼は、彼の最愛の弟と、今は何の力も持っていない異国の元公子の とんでもないやりとりを目撃することになってしまったのです。

一輝国王が瞬王子の離宮に赴いた時、二人は、瞬王子の居室で、背もたれのある長椅子に並んで書物を読んでいるところでした。
この国の歴史書――あの神の恋の伝説が記された本を。
「娘は、国の半分をもらってしまえばよかったんだ。どうせ共同統治になるんだし、万一の時のために自分の権利を獲得しておまのは、貪欲ではなく、当然の用心だ」

国が一つであることの崇高な理想を無視した氷河が下世話なことを言うのを、瞬王子の居室の扉の前で漏れ聞いた一輝国王は、すぐに二人の前に行き、氷河のさもしい考えをあざ笑ってやろうと考えたのです。
一輝国王がその考えを速やかに実行に移さなかったのは、氷河のさもしい考えに対して、瞬王子が帝国の王子として どんな意見を述べるのかを聞いてみたいと思ったからでした。

瞬王子は、一輝国王の期待通り、氷河の考えを(やんわりとではありましたが)否定しました。
一輝国王が期待していたのとは、全く違う理屈で。
瞬王子は、娘の無用心に得心できないでいるらしい氷河に、
「娘さんは、国の半分をもらったんだと思うよ。心の中で。だから、神様の愛と誠意を もらったあとだったから、娘さんは本物の領地は受け取る必要がなかったの」
と言ったのです。

(この帝国の王子なら、そこは、国が統一されていることの重要性を説くところだぞ!)
到底 模範解答とは言い難い見解を口にした瞬王子に、一輝国王が渋面を作った時でした。
「……実際の領地でなくていいのなら、俺も俺の国の半分をおまえにやる」
まるで瞬王子の考えを最初から わかっていたような口調で、氷河が瞬王子に そう告げたのは。

それは この国では、いつまでも一緒にいたい人に告げる最高の求愛の言葉です。
氷河は自分が口にした言葉の意味がわかっているのか、それとも その言葉の意味を知らずに そんなことを言っているのか――。
不快と奇妙な不安に囚われて、一輝国王は彼の目の前にあった扉を左右に押し開きました。
そうして、彼はそこで、彼の最愛の弟が、今は何の力も持たない異国の青二才に抱きしめられ、その唇を唇で受けとめている場面を、舞台正面中央最前列の特等席から目撃することになってしまったのです。

「氷河っ! 貴様、この身の程知らずがーっ !! 」
あまりといえばあまりな場面を見せられて、一輝国王は脳の血管が盛大にぶち切れてしまいました。






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