瞬王子の兄君の怒りは尋常のものではなく、彼は その日のうちに氷河を宮殿から追放することを決めてしまいました。 氷河への処罰が追放だけで済んだのは、瞬王子と氷河が一輝国王に余計なことを言わなかったからです。 実は二人はお風呂もベッドも一緒にしているなんて、そんな“余計なこと”を一輝国王に知らせていたら、氷河は即刻 絞首刑にされていたでしょう。 ですが、絞首刑でなくても、ただの追放でも、それは瞬王子には耐え難いほど つらい罰でした。 だというのに――そんなひどいことをしないでくれと瞬王子が泣いて頼んでも、一輝国王は聞く耳を持ってくれません。 それどころか、瞬王子が懸命に頼めば頼むほど、一輝国王は かえって心を頑なにしていくようでした。 氷河と兄君の和解は無理。 となれば、瞬王子に残された道はただ一つしかありません。 本当は二つ――恋を諦め兄君の許に残る道と、氷河と共に行く道の二つ――があったのですけれど、今 瞬王子に選ぶことのできる道はたった一つしかありませんでした。 「僕は氷河がいないと生きていけない……! 氷河、僕を一緒に連れていって!」 生きていたかったから――瞬王子は自分が生きるための道を選ばないわけにはいかなかったのです。 けれど、氷河の返事は、瞬王子の願いを拒むものでした。 彼は、瞬王子の涙ながらの懇願に首を横に振ったのです。 「そんなことはできない。今の俺は何の力も持たない無一物だ。俺には 帰るべき家どころか、行く当てすらないんだ。兄の許で何不自由なく暮らしてきた おまえが、そんな風来坊のような暮らしに耐えられるわけがない。駄目だ。おまえに苦労させるのが目に見えている」 「氷河は、氷河の心の中にある国の半分を僕にくれると言ったでしょう。お願い、僕を連れていって」 「瞬、それは――俺がおまえに虚しい幻しか与えられないと言っているのと同じだ」 「虚しい幻なんかじゃない……!」 いつも大人しく、人に逆らう術など知らないようだった瞬王子の思いがけない激情に、氷河の心はどれほど強く揺れ動いたことか。 これまで二人で過ごしてきたどの瞬間よりも強く、今、氷河は自分が瞬王子を愛していることを思い知ることになりました。 けれど、だからこそ、氷河は今は瞬王子の涙に負けてしまうわけにはいかなかったのです。 「必ず戻ってくる。力を手に入れて――強大な国を一つ……というのは無理でも、この帝国の外の辺境の地に俺の小さな王国を築き、せめておまえを小さな城に住まわせてやれるくらいの力を手に入れて、俺は必ず おまえを迎えにくる。だから、その時までここで待っていてくれ」 「僕は今、氷河と一緒に行きたいの!」 瞬王子は必死の目をして氷河にすがっていったのですが、氷河は最後まで首を縦には振りませんでした。 そして、その日のうちに、瞬王子の目を盗み、瞬王子に何も告げず、氷河はこっそり王宮を出ていってしまったのです。 たった一人置いていかれたと知った時に、瞬王子を襲った衝撃の強さといったら! 天が二つに割れ、地に落ちてきたとしても、瞬王子はこれほど驚き嘆き苦しむことはなかったでしょう。 瞬王子は、その衝撃に耐え切れず、その場に崩れ落ちてしまいました。 ――人生というものは、二者択一を迫られる一瞬の連続でできています。 氷河に置いていかれた衝撃に耐え切れず崩れ落ちた瞬王子が目を覚ましたのは、それから丸一日が経ってから。 寝台の上で目覚めた途端、瞬王子の上にはすぐに 新しい二者択一の一瞬がやってきました。 氷河を失った悲しみに打ちのめされて このまま床につき、恋のためにやがては儚くなるか、それとも恋を取り戻すために力を振り絞って立ち上がるか。 瞬王子の心と身体は、氷河に置いていかれた衝撃のために弱り疲れきっていました。 けれど、その弱りきっている心と身体が、それでも生きていたいと、瞬王子に訴えてきます。 そして、瞬王子自身が生きているためにはどうしても氷河が必要でした。 瞬王子は、ですから、もちろん 生きる道を選んだのです。 |