そうして、ついに聖戦の始まり――冥府の王との戦いが始まる時がきたのである。
ムウの師であるアリエスのシオンの登場によって、運命の戦いの幕は切って落とされた。
彼がムウの許に向かう前に 瞬は彼の行く手を遮り、以前は教皇でもあった黄金聖闘士の行く手を遮る小さな青銅聖闘士の姿を認めて、シオンは非常に驚いた――ようだった。
「君は……何者だ」

自分は既にハーデスの力の影響を受け始めているのかもしれない――。
でなければ、彼が――青銅聖闘士の一人や二人、簡単に吹き飛ばしてしまえるのだろう彼が――わざわざ自分の前で その歩みを止めるはずがない。
彼は死者の国を覆う空気を知っている黄金聖闘士なのだ。
そんな、あまり楽しくない――というより、不吉な――思いを抱きながら、瞬は彼に反問することになったのである。
「あなたはハーデスの姿を知らないはずなのに。何か感じるの」
「……邪悪ではない……それはわかる。だが――」
だが、彼はアンドロメダ座の聖闘士を純粋な正義と思うこともできないのだろう。
苦い気持ちの渦巻く胸を抑えて、瞬は、ムウの師の瞳を見上げ、言った。

「アテナとアテナの聖衣は僕たちが守ります。そして、あなたの愛弟子も、あなたの古い友人も。ですから、あなたは 今は冥府に帰ってください。死の眠りに戻って」
教皇であった者しか知らないはずのアテナの聖衣に瞬が言及したことは、彼を更に驚かせた――むしろ、戸惑わせたようだった。
その戸惑いを ほとんど表情に出さず、瞳の色だけを変え、前教皇が瞬を見おろしてくる。

「たかが青銅聖闘士が、この私に指図をするというのか」
「はい」
「……」
アテナの聖衣の存在は、歴代の教皇のみが知る、いわば教皇相伝の密事。
そして、彼は、彼の次代の正当な教皇に その密事を伝え損ね、それがゆえに、生者と死者の間にある法を犯して、この聖域にやってきた。
その密事を知る者が生者の中にいる。
これは吉事か凶事なのか――を、華奢な青銅聖闘士を見やりながら、彼は しばし黙考した――おそらく。
それはつまり、秘密を知る青銅聖闘士が正か邪かを判断することで、最終的に彼は瞬をアテナの側の人間だと認めたようだった。

「たかが青銅聖闘士が、生きている者はだれも知らぬはずの秘密を知り、これほどの力を持つのなら、私がしゃしゃり出てくるまでもなかったか」
静かに そう言い置いて、彼は生者の国を去っていった。
黄金聖闘士たちが皆 生きていて、アテナの側にいる事実も、彼の不安を払拭するのに役立ったに違いない。
実際、本来であれば十二宮の戦いで死んでいたはずの黄金聖闘士たちは、彼等の仲間たちと共に、着実に冥闘士たちを倒してくれたのだ。
聖域で、ハーデス城で、冥界で。
瞬の計画通りに。






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