その日は、思っていたより早くきた。
ロシアという国が国費留学生にどれだけのお金を出してくれるものなのかは知らないけど、氷河は都内の真新しいマンションに住んでいて、そこに僕を招いてくれたんだ。
僕はなぜ今日に限って待ち合わせ場所が外でないのかということを察していて――察していたから、そのことを考えるのが恐くて、氷河の生活の場だというその部屋を わざと物珍しげに眺める振りをしたりしていた。
実際 僕は、ホテルの部屋じゃない住居の内部を見るのは、それが初めてだったんだけど。

それを、氷河は、彼が一介の留学生には分不相応な部屋に住んでいることを奇異に思われているのだと誤解したらしい。
「父の実家が出雲の旧家で、どうも俺をロシアに帰したくないらしいんだ。それで、俺を日本に留めようとして、何かと理由をつけては援助をしてくれる」
氷河は、彼の住まいの50平米はありそうな広いリビングをそう説明してくれた。
それから、さすがにその半分くらいの広さの寝室のドアを開けて、そして、そこで僕を抱きしめた。

僕は――僕は、氷河の手を振り払うことができなかった。
だって、氷河は、僕が生まれて初めて好きになった人だったんだもの。
200年 孤独の時間を過ごして、初めて好きになった人。
その人が、僕に、『愛してる』って言ってくれて、不思議に懐かしい色の瞳で僕を熱っぽく見詰めている。
僕に拒めるわけがない。
だから――これが最後になるかもしれないと恐れおののきながら、僕は僕の不死の身体を氷河の手に委ねたんだ。


氷河に抱きしめられることで僕が感じた快感は、肉体的なものじゃなく、完全に心が感じさせたものだったと思う。
痛みを感じることもできない僕の身体が、快感なんか感じられるわけがないんだもの。
でも、僕は、僕の不幸な裸体のすべてを氷河の目にさらして、そのすべてに触れられて、氷河の身体の重みを感じ、氷河の熱を感じ、氷河の息使いを感じることで、気が違ってしまいそうなくらいの快さと幸福感に支配されることになった。

氷河の湿った舌を受け入れる長いキスもしたし、氷河自身を僕の身体の中に受け入れもした。
僕を内と外から刺激して、僕の意識を取り乱したあげく、氷河は僕の中に彼の体液を放った。
異物を体内に入れると必ず気分が悪くなるはずの僕が、その気分の悪ささえ感じなかった。
最初から横になっていて倒れる心配をしなくていいせいもあったろうけど、身体の不調なんかより、氷河に与えられる快楽の力の方が はるかに強く大きかった。

永遠かもしれない僕の生の中で、これが最初で最後の幸福な時かもしれないっていう思いが、僕の中にあった用心とか臆病とか恐怖とか、そういうものをすべて消し去ってしまったのかもしれない。
氷河に のしかかられるたび、氷河に身体を貫かれるたび、そうされることが嬉しくて、僕は あられもない声をあげ、氷河の名を呼び続けた。
それで氷河にどう思われたって、これが最後かもしれないんだもの。
僕は、氷河の前で 本当の僕でいたかった――自由で正直な僕でいたかった。






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