その教会の売りは、30メートルもの長さのある深紅のバージンロード、聖堂内全ての窓に入っているステンドグラス、そして、130年前にイタリアから取り寄せたハルモニウムオルガン。 建てられたのは明治中期なのだが、古びた印象が全く感じられない、ゴシック様式の美しい教会だった。 外観を ひと渡り眺めただけでも、採光に工夫が為されているのがわかる。 たくさんのステンドグラスが聖堂の中を鮮やかな光で満たし、日中は 窓からの光だけで建物内部は十分に明るいに違いないと、氷河は思った。 氷河と瞬が その教会に到着したのは、ある晴れた秋の日の昼下がり。 ちょうど結婚式が終わったところだったらしく、教会の前の庭では、幸せそうな二人が数十人の参列者でできた輪の中で 家族や友人たちのにぎやかな祝福の言葉を笑顔で受けとめていた。 まさか、彼等を押しのけて聖堂の中に入っていくわけにもいかず、氷河と瞬は しばらく教会の庭先で、そのにぎやかな集団を 並んで眺めていたのである。 「披露宴の準備ができていますので、隣りのレストランの方に移動してくださいー。花嫁のブーケをもらった方は、それをお持ちくださいね。あとで他の方々にも見ていただきますのでー」 やがて、式の進行役を務めているらしい男性の声が 秋の空の下に響き、にぎやかな集団が徐々に隣りの建物の方に移動していく。 新郎新婦と彼等を祝う人々の姿がすべてレストランの建物――こちらはルネサンス様式だった――の中に吸い込まれ 教会の前に秋らしい静けさが戻ってきても、瞬は無言で聖堂の入口付近に視線を投じたまま。 障害物は取り除かれたというのに、一向に次の行動に移ろうとしない瞬を、氷河は訝ることになったのである。 「瞬。どうかしたのか?」 「え? あ、ごめんなさい。今の人たちがあんまり にぎやかなんで――圧倒されちゃって」 「ああ。世の中にはマリッジブルーなんてビョーキもあるそうだからな。新米の夫婦を ああやって周囲の人間が盛り上げてやる必要があるんじゃないのか? 結婚する当人たちも、周りの人間も、気を遣い、気を遣われ、いろいろ大変なんだろう。ご苦労なことだ」 瞬を沈黙させることになった光景を、氷河はあまり好ましく思うことができなかった。 当然、その評価はマイナス方向に傾く。 氷河が 瞬のために打ち出した否定的な見解を、瞬は溜め息で受けとめた。 「氷河って、妙なところで現実的だね。気を遣い、気を遣われ――って、でも、それって、みんなが二人の結婚を祝ってて、二人に幸せになってほしいと願ってるってことなんだから、いいことじゃない」 「しかし、この教会は静寂と澄んだ空気の中で眺めていたい建物だ。あまり騒がしいと、興が殺がれる」 秋の水色の空にくっきりと浮かぶ白い壁の教会。 氷河は決して嘘を言ったつもりはなかったのだが、それが素直な実感だけでできた言葉ではないことを、彼は自覚していた。 教会という建物の前で瞬に切ない目をされると、氷河の方が切なくなってしまう。 「まあ、神サマにしてみれば、俺たちの持ってきた用件の方が よほど興を殺ぐものだと言いたいところだろうがな。入ろう」 そう言って、氷河は、瞬の肩に手を置き、瞬に移動を促した。 瞬が頷いて、今は本来の静寂を取り戻した教会の聖堂の扉の向こうに 氷河と共に足を踏み入れる。 そうして、氷河と瞬が深紅のバージンロードに最初の一歩を置いた時だった。 ひとつのイベントが終わったばかりで、今は人影ひとつない教会の広い聖堂に、突然 祝婚歌を奏でるオルガンの音が木霊し始めたのは。 「外より、中の方が騒がしいね」 「もしかして、これが噂のオルガンか」 「そうみたい。誰が弾いているのかな」 僅かに首をかしげて、瞬は祭壇の両脇に視線を投じたのだが、瞬は祭壇の右にも左にも“噂のオルガン”とその演奏者の姿を見付けることはできなかった。 “噂のオルガン”は祭壇の裏手に置かれていて、音だけが聖堂内に響くようになっているのかもしれなかった。 |