「アンドロメダ座の聖衣の持ち主の名は瞬。大人しくて、控えめで、綺麗な顔をしてた。先の聖戦では、ハーデスに身体を乗っ取られてアテナを裏切った。そして、アンドロメダ座の聖衣はアテナの血を受けた神聖衣」 「白鳥座の聖衣の持ち主の名は氷河。派手な見てくれをしたマザコン。白鳥座の聖衣はアンドロメダ座の聖衣と同じく、神の血を受けた神聖衣で、氷河は聖戦後 瞬と共に姿を消した――と思われる」 先輩たちを怒らせ、あるいは呆れさせて、ミラクとサダルが手に入れることのできた情報は、二人に問題の聖衣のありかを教えてくれるものではなかった。 聖衣のありかどころか、二人が二人の望みを口にすると、『あれは おまえたちには手の負えない聖衣だ』と、誰もが口を揃えて、彼等の望みを否定してくれた。 しかし、ミラクは、そんなことでアンドロメダの聖衣を諦める気にはなれなかったのである。 それは、つまり、聖闘士になるという自分の未来を諦めること。 これまで聖域で耐えてきた つらい修行を徒労にし、その修行のために費やした時間を無に帰すことなのだから。 「アンドロメダ座の聖衣と白鳥座の聖衣が どんなに扱いの難しい聖衣でもさ、聖衣は聖衣。単なる道具でしかないだろ。それを支配し、使いこなしてこそ、僕たちの人間としての尊厳が守られるってものだと思うだろ? 二つの禁忌の聖衣が僕たちのものなるってことは、聖域の裏切り者の存在を抹消することにもなるし、それは聖域のためにもアテナのためにも いいことなのに決まってる」 「……」 ミラクは、誰に何と言われてもアンドロメダ座の聖衣を諦めるつもりはないようである。 そうと悟り、サダルはミラクに気取られぬように こっそりと短い溜め息を洩らすことになった。 サダルとて、聖闘士になりたい気持ちはミラクに負けず劣らず強いものがあった。 しかし、禁忌とされる聖衣にここまで執着するミラクの様を見せられると、サダルの中では、逆に、自分たちが聖闘士になるための別の道があるのではないかという思いが膨らんでくるのだ。 アンドロメダ座の聖衣に固執し続けるミラクに、面と向かって そう言うことはできなかったが。 彼等の師である天馬座の聖闘士と龍座の聖闘士に、アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士のことを訊いてみようと言い出したミラクをサダルが止めなかったのは、こうなったらアンドロメダ座の聖衣に対するミラクの執念を断念させられるのはミラクの師をおいて他にないのではないかと、サダルが考えた――期待したからだった。 それに、実を言えば、ミラクとサダルにとって彼等の師は、白銀聖闘士の摩鈴やシャイナほどには恐くなく、邪武たちほど親密度の稀薄な他人でもなく――つまりは、甘え相談しやすい人たちだったのである。 「氷河と瞬のこと? なんでまた、そんなことを知りたくなったんだ?」 黄金聖闘士のいない現在の聖域で、彼等の二人の師は、おそらく最も強大な力を持つ聖闘士たちだった。 彼等が身にまとっている聖衣は青銅聖衣にすぎず、たとえば摩鈴などは天馬座の聖闘士の師であるのだが、その摩鈴ですら、冥府の王ハーデスと直接戦った自分の弟子には一目置いているようだった。 聖域最強の、その聖闘士が、気さくな態度と軽快な口調で、聖闘士未満の弟子たちに問い返してくる。 「いえ……その、何となく……」 いくら天馬座の聖闘士が気さくで親しみやすく、龍座の聖闘士が穏やかな人柄でも、『アンドロメダ座の聖衣と白鳥座の聖衣がほしいから』と本当のことを言うと、どんな叱責を受けるかわからない。 これまでの経験から、アンドロメダ座の聖衣と白鳥座の聖衣が聖域の者たちに特別な聖衣と思われていることを知るに至っていたミラクとサダルは、聖域最強の聖闘士のその質問に正直に答えることは さすがにできなかった。 そんな聖闘士未満の二人に首をかしげながら、それでもミラクの師は、弟子に問われたことに答えてくれた。 ミラクの師――星矢――の答えは、ミラクとサダルが想像していたものとは かなり様相の異なるものだったが。 「いい奴等だよ。瞬は優しくて、氷河は……あれは一本気とでも言うのかな。いろいろ傍迷惑なとこはあったけど」 「おまえと争うくらいのトラブルメーカーだった」 星矢の答えを聞いた龍座の聖闘士――紫龍――が 笑って言う。 紫龍の笑みが完全に楽しそうでないのは、おそらく ミラクに引きずられている己が弟子の気弱を、彼が不甲斐なく思っているからで――だが、それはいつものことだった。 「俺がいつトラブルなんか起こしたよ!」 「起こしたことはないと言い張るつもりか」 「全くないとは言わねーけど、氷河ほどじゃねーよ」 「その主張には、素直に同意しかねるな」 「素直に同意しろよ。弟子たちの前なんだから」 「弟子たちの前だから、嘘はつきたくないんだ」 「おまえ、相変わらず融通のきかねー奴だな。氷河に比べたら、俺は滅茶苦茶 大人しい いい子だったよ。瞬と争うくらいに」 「それは明白に嘘だ」 聖域最強の聖闘士たちがアンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士を語る口調は、懐かしい友人のことを話すように――否、むしろ、今でも親しい友人のことを語るように、屈託なく軽快なものだった。 ミラクは、そんな師たちの態度を奇異に思わないわけにはいかなかったのである。 「でも、アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士は、アテナと聖域を裏切った反逆者なんでしょう? 先生たちは裏切り者たちをいい奴だって言うんですか」 「おまえ等は何を言っているんだ? 氷河と瞬は裏切り者なんかじゃない。俺たちと共にハーデスと戦った、俺たちの大切な仲間だ」 「でも、アンドロメダ座の聖闘士はハーデスの支配に屈し、アテナと聖域に敵対したんでしょう? そして、アンドロメダ座の聖闘士と白鳥座の聖闘士は、聖戦後、聖域に戻ってこなかった。冥界で死んだか、死ななかったにしても聖域に戻れなかったか――」 「それは色々事情があるんだよ!」 「事情って何です」 「おまえ等は知らなくていいこと!」 弟子の詮索を、星矢がきっぱりと はねつける。 不満そうに口をとがらせたミラクを見て、星矢は大きな溜め息をついた。 「おまえ、その気の強さはどうにかならないのか。ほんと、瞬の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」 摩鈴や邪武たち同様、聖域とアテナへの反逆者を責めもしなければ非難することもせず、それどころか、裏切者の気の弱さを(?)見習わせたいとまで言う師の心が、ミラクにはどうしても理解できなかった。 |