沙織が星の子学園の子供たちに贈ったプレゼントは おおむね好評だった。
事前に、美穂たちが さりげない聞き取り調査を行ない、その上で綿密な打ち合わせを重ねて用意したプレゼントなのだから、それも当然のことなのだが、たまにいるのである。
『俺がほしかったのは、トリケラトプスの模型なんかじゃない。本物のトリケラトプスだったんだ!』というようなことを言い出す子供が。
そういう子供がいた場合、彼の翌年のクリスマスプレゼントは、本物のトリケラトプスの指の骨の切片といった類の、遊戯にも鑑賞にも適さない――子供には何の役にも立たない――ものになる。
実にアテナらしい温かくも厳しい愛の鞭によって、彼は、贈り物における常識というものを 身をもって知ることになるのだった。

だが、今年は、そういったトラブルもなく、子供たちはみな満足げ、星の子学園は至って平和だった。
楽しそうな笑顔であふれた星の子学園の遊戯室で、もらったプレゼントの自慢や喜びの声を聞かされている分には、瞬も 笑顔で子供たちの相手をしていられたのだが、瞬の案じていた通り、やがて子供たちの会話は 今年も『サンタクロースは本当にいるのか、いないのか』の論争に突入していったのである。
子供たちは、瞬を取り囲んで、盛んに自分の意見を訴え始めた。

「サンタさんはいるのよ。だって、プレゼントが届いたんだから」
「サンタなんて、いるわけないだろ。たった一人の太ったおっさんが、一晩で世界中の子供にプレゼントを配ってまわるのなんて、絶対に不可能なことなんだから」
「サンタさんは魔法使いだもの。一瞬でそれができるのよ」
「サンタクロースはトナカイが引っ張る超原始的なソリに乗ってんの。一瞬で世界一周なんて無理な話だよ」
「サンタさんのソリは、すごくすごく速いのっ」
「でも、常識で考えたら、どう頑張ったって、ソリは自動車より速く走れないだろ。重い荷物も一緒なんだし」
「サンタさんはダイエットしたのよっ」
「それは絶対無理」
「そんなことないっ!」
「そんなことあるっ!」

等々、ひとしきり自説の論拠を述べ終えると、子供たちの視線は、その裁定を待つように一斉に瞬に向けられることになる。
真剣この上ない子供たちの視線の集中砲火を浴びて、瞬は、それまでの笑顔を思い切り引きつらせることになった。
「あ……あのね。僕はサンタさんに会ったことがないから無責任なことは言えないけど、でも、みんなはプレゼントをもらえたんでしょう? つまり、みんなのことを大好きで、プレゼントをくれる人はいるってことだよ。そういう人のことをサンタさんっていうんじゃないかな」
「それが 美穂ねーちゃんでも?」

それまで仲間たちの論争を黙って聞いていた子供の一人が、探るような目をして、瞬に鋭い質問を投げてくる。
サンタクロースの正体を見極めるために、イブの夜に寝ずに見張っている子供がいるのも、恒例のことだった。
サンタクロースはいるのかいないのか――という問題は、そこまでして究明しなければならないほど重要な謎なのかと、瞬は、それが毎年不思議でならなかったのである。

「サンタさんは、泥棒に間違われたくないから、美穂ちゃんに化けてきたのかもしれないね」
「あ、俺、それ、知ってる! 憑依っていうんだ」
「ヒョウイ?」
「瞬にーちゃんがハーデスに身体をのっとられたみたいなことだよ。さっき、星矢にーちゃんが言ってた。瞬にーちゃんは、そうやって敵を自分の身体の中に取り込んで、自分のミをギセイにしてチジョーを守ろうとしたんだって。俺たちが今 生きてられるのは瞬にーちゃんのおかげなんだから、あんまり変なこと訊いて、瞬にーちゃんを困らせちゃ駄目だぞって」
「へ……へえ、ヒョウイ……か。じゃあ、タケシが見た美穂ねーちゃんは、サンタクロースに身体を乗っ取られた美穂ねーちゃんだったんだ」
「う……うん。そうだね」

子供たちの質問攻めに合う瞬のために、星矢は星矢なりに援護射撃をしてくれていたらしい。
その援護射撃の内容が内容だっただけに、瞬の笑顔は 今日いちばんの引きつりを呈することになったのだが、ともかく子供たちは“ヒョウイ”なる現象があることを知って、サンタクロースが存在することを納得してくれたようだった。

「サンタクロースってさ、真っ赤な服 着てるだろ。あれがギャグっぽいのが よくないんだよ。見るからに冗談くさくて嘘くさくて」
「でも、青い服のサンタなんてサンタっぽくないじゃん」
「なら、何色がいいんだよ」
「人目につきたくないんなら、やっぱり黒じゃないか? サンタが来るのは夜なんだし」
「でも、サンタさんは雪が積もっているところにも行くのよ。だったら、白い服の方がいいと思う」
「日本なんかは夜でも明るいしな……。そうだ、あれなんかどうだ。あれ。ほら、サバイバルゲームする人たちが着るみたいなの」
「迷彩服かー。それいいな。迷彩服のサンタクロースって、なんかカッコいい!」

子供たちの話し合いが、徐々に『サンタクロースはいる』という前提のものに移行していく。
今年もどうやら無事に、『サンタクロースはいる』という結論に落ち着くことができらしいことに、瞬は ほっと安堵した。
もっとも、結論が出れば出たで、子供たちは侃々諤々と騒がしく、彼等は 決して静かに落ち着いてはくれなかったのだが。

頬を上気させ、瞳を輝かせて、自分のサンタクロース論を語る子供たち。
どうこう言って、子供たちはサンタクロースを信じていたいのだろう。
信じていたいから疑うのだ。
まるで、サンタクロースを信じなくなった大人たちが、信じているはずの恋人の心を疑うように。
世界中の子供たちの初恋の相手は、もしかしたら サンタクロースなのかもしれない――と、瞬は埒もないことを考えた。

そして、瞬は、ふっと、聖闘士になる前に城戸邸で たった一度だけあったクリスマスの日の出来事を思い出したのである。
あれも、イブではなく、イブの明けたクリスマス当日のことだった。






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