それ以降も、敵は次々にアテナの聖闘士たちに襲いかかってきた。
そして、氷河と戦っていると、必ず一度はあの言葉が聞こえてくる。
「おまえが好きだ」
我が身と仲間たちと女神アテナを守るため、地上の平和と安寧を守るため、理不尽な力によって不幸になる子供たちを生まないため――それらの事柄はもちろん、瞬の戦いの重要な目的だった。
だが、同時に瞬は、その声の主を確かめるため、その言葉の意味を知りたいという思いのために、戦うことをやめられなくなってしまったのである。

声は、氷河が共に戦っていない時には聞こえなかった。
それは、氷河の声のはずだった。
にもかかわらず、氷河は、決してその確証を瞬に与えてくれない。
『氷河のはず』『氷河以外の誰かではないはず』という瞬の思いは、まもなく『氷河であってほしい』という願いに変わっていき、だが、その願いが叶っているのか いないのかを確かめることのできないまま、青銅聖闘士たちの戦いは続いた。
やがて、兄が生きていたことがわかる。
瞬は、自分が戦いを恐れていたことを忘れ、仲間たちと共にアテナの聖闘士としての戦いを改めて決意し、戦い、そして 敵に勝利していった。

アテナの聖闘士たちの戦いの場が 聖域に移っても聞こえていた声。
その頃には、瞬は、どういう時に その声を聞くことができるのかということを、ほぼ把握できるようになっていた。
おそらく もうすぐ あの声が聞こえてくる――そう予感して、その予感が外れることは滅多になくなっていたのである。

その瞬が、もしかしたら自分は もう二度と あの声を聞くことができなくなるかもしれないと絶望的な予感に襲われたのは、本来は天秤座の黄金聖闘士である老師が守護する宮であるところの天秤宮。
そこで、氷の棺に閉じ込められている氷河の姿を見付けた時だった。
氷河の命は尽きかけていた。
小宇宙は感じられるのだが、それは今にも消えてしまいそうなほどに頼りなく、弱々しい。
それは、瞬が脳裏に思い起こす『おまえが好きだ』というあの声より はるかに か細いものだった。

どうして氷河が こんなところで こんなふうにしているのだと疑う瞬の心の中には、悲しさと不安と、そして僅かな憤りが混在していたのである。
どうして氷河が、まるで“敵”に抵抗らしい抵抗も示さなかったような様子で、こんなものの中にいるのか。
僕はまだ、確かめていないのに。
あの言葉はどういう意味で語られたものだったのかを、まだ確かめていないいのに――と。

そして、氷河は何もわかっていないのだと、瞬は思った。
瞬が戦い続けることを選んだ訳――最初は、ふいに与えられた謎に心を捉えられたからだったが、その後も瞬が戦いを放棄できる機会は幾度もあった。
戦うことが つらくてならないと感じることは幾度もあった。
それでも瞬が戦い続けることを選んだのは、あの謎が解き明かされた時、その謎に答えたいという思いが、瞬の中に生まれていたからだったのだ。

「生き返って。お願い。そして、もう一度 僕にあの言葉を聞かせて――僕を好きだって言って。そうしたら――氷河がもう一度 その言葉を告げてくれたなら、そうしたら、僕は――」
氷河の命を救うには、氷河のそれと同じだけの命の力が必要なのだろうと、瞬にはわかっていた――察することができていた。
氷河が生き返ることができたとしても、その時、自分の命の力は尽きているかもしれない。
氷河が投げかけてきた謎が解けることはなく、その謎への答えも 氷河に伝えられることなく消えてしまうのかもしれない――。
それでも瞬は、氷河に生きていてほしいと思い、そのためになら自分の命も惜しくないと思ったのである。
氷河が生き返る前にアンドロメダ座の聖闘士の命が燃え尽きてもしまっても――そうなったら そうなったことで、氷河は、彼の臆病だった仲間の“答え”を知ることになるのだから。

氷河が生きてさえいれば、彼はアンドロメダ座の聖闘士の答えを その目で見ることになる――そうなることがわかっていたから、瞬は氷のように冷えきった氷河の身体を抱きしめたのだった。
彼の冷たい身体と心が 以前の温かさと情熱を取り戻してくれるのなら、アンドロメダ座の聖闘士が これまで戦うことを放棄せず、仲間たちと共に戦い続けてきたことには意味があったことになるだろう。
仲間の命を取り戻すために自らの命をかけること。
これこそがアンドロメダ座の聖闘士の戦い方、アンドロメダ座の聖闘士が求めていた真実の戦い。
その事実を初めて明瞭に自覚して、瞬は、氷河の心と身体の中に 自らの小宇宙を注ぎ込んでいったのである。






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