「瞬、おまえ、まじで どっかおかしいんじゃないか? 死人みたいな顔色してるぞ。おまえ、まさか、まだ あの無意味な修行を続けてるんじゃないだろうな」
日を追うごとに、瞬の頬からは血の気が失せていく。
本気で瞬のキリスト教改宗を心配した星矢が尋ねると、瞬は、自分の睡眠が相変わらず ちゃんとした休息になっていないことを告白してきた。

「よく眠れなくて……」
「よく眠れないって、不眠症か何かか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、眠るのが恐いの。恐い夢を見て……」
「恐い夢?」
幼い子供の訴えであったなら 笑い飛ばしてしまうところなのだが、それが 既に子供ではない瞬の言葉だったので、星矢は眉を曇らせることになった。
なにしろ、瞬が恐い夢を恐れて睡眠障害の様相を呈するのは、これが初めてのことではなかったのだ。

「また、以前戦って倒した敵とか、ハーデスとかが出てきて、おまえに恨み言を言ってくるのか」
「……」
瞬が星矢に沈黙を返してくる。
星矢は、その沈黙を肯定の意と解釈した。
以前もそうだったのだ。
瞬は、仲間の身を案じる星矢たちに『おばけに追いかけられる夢を見る』などという作り話をして、瞬が本当に見ていてる“恐い夢”の内容をなかなか正直に打ち明けてくれなかった。
「瞬! 正直に――」
「いっそ、彼等に僕の身体をずたずたに引き裂いてもらえたら どれほど楽になれるかと思うよ」
問い詰めるような口調で名を呼ばれた瞬が、全く笑っていない笑顔を星矢に向けてくる。
やはりそうだったのかと、その笑顔で星矢は得心した。
だが――。

氷河の早起きも瞬の睡眠不足も、原因が解明されたからといって 解決を見る問題ではない。
以前 瞬が“恐い夢”を原因とする睡眠不足から脱却できたのは、新たな敵の登場が 瞬を悪夢などにかかずらっていられない状態にしてくれたからだった。
が、瞬がまた悪夢を見るようになったからといって、都合よく新たな敵が出現してくれるものでもない。
星矢にできることは せいぜい、勝利など望んではいないのに敵に勝ってしまう瞬に対して、
「あんまり考えすぎんなよ。奴等がおまえの夢に出てくるのは、奴等が おまえを恨んでるからじゃなくて、おまえが自分を許そうとしないからだ」
と言ってやることくらいのものだった。






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