なのに、どうしてこんなところに、一人でいるのかって?
それは、僕が氷河と一緒にいられなくなったからです。
自分が幸せでいることに我を忘れるほど夢中になってしまったから、僕はその しっぺ返しをくったのかな。
浮かれすぎていた僕が悪いんです。
僕は、本当は、ただの一瞬だって 幸せになったりしちゃいけない人間だったのに。

僕の氷河はとっても綺麗だって言ったでしょう?
それだけじゃなく――時々 信じられないような頓珍漢なことをしたり言ったりするし、見てるこっちが はらはらするくらい猪突猛進なところもあるけど、すごく優しいんです。
それに、とても強い。

氷河は、小さな子供だった頃に、大好きだった お母さんを船の事故で亡くしていて――それも自分のために亡くしているんです。
氷河はとても悲しかったと思う。
つらい思いを味わったと思う。
僕が氷河の立場だったら、また同じように つらく悲しい思いを味わうことを恐れて、二度と絶対 大切な人なんか作らないって思っていたと思う。

僕は、兄さんに迷惑をかけるだけの お荷物でい続けていますけど、幸運なことに、僕は 僕のせいで兄さんを死なせることはせずに済んでいます。
でも、氷河のマーマは死んでしまった。
氷河は、僕よりずっとずっと 本当に つらくて悲しいことを経験しているんです。
でも、氷河は、僕とは違って、それで萎縮して 人を愛することに臆病になったりはしなかった。
僕を愛してくれた。
氷河は、優しいだけじゃなく、とても強い人間でもあるんです。

そんな氷河を好きなのは、僕だけじゃなかったってこと。
それだけのことなんです。
その人は、僕や氷河と同じに、ご両親を早くに亡くして、健気に生きている可愛らしい感じの人。
勇気を出して、氷河に好きだって告白して、でも、氷河は、他に好きな人がいるって、彼女に答えた――のだそうです。

彼女から その話を聞いた時――僕は、自分で自分が信じられなかったんですよ。
僕は、自分のことを、人の負担になることしかできない最低の人間だと思っていたんです。
他の誰だって、僕より立派で、僕より価値があるんだと。
そんなふうに自己卑下して、事あるごとに『僕なんか』を繰り返しながら、その実、僕は僕自身をしか見ていなかった。
氷河を見詰めている僕以外の人がいるなんて、気付きもせずにいたんです。
気付くのが普通だったのに。
気付くのが普通だったんです。
僕と氷河は、週に一度はその人に会ってたんですから。
ちょっと顔をあげて、氷河の周囲を見回してみたら、氷河を見詰めている彼女の姿に、僕は すぐに気付いていたはず。
なのに、僕ときたら。
彼女に『氷河の好きな人を知っているか』って訊かれた時に初めて、彼女が氷河を好きだったことを知ったんです。

あなただって呆れるでしょう?
自分は この世で最も価値のない人間だと 口では言いながら、いいえ、心の底からそう思っていながら、僕は、その無価値な僕自身をしか見ていなかった。
自分のことしか気にしていなかった。
結局、僕は、自分がいちばん可愛かったんです。
僕が優しいなんて嘘っぱち。
本当に優しい人っていうのは、自分の外を見ているはずだ。
自分以外の人の心を見ているはずだ。
僕は、卑屈な上に傲慢で、自分以外の人間の心に無関心な冷酷な人間だったんです。

だから――僕は、もう氷河の側にいられないって思った。
僕なんかのために悲しい思いをする人を作ることなんてできないって思った。
僕は兄さんのお荷物で、泣き虫で、弱虫で、兄さんに迷惑をかけて重荷になることしかできない最低の人間。
その上、人の心を思い遣ることもできないなんて、もう、生きて この世に存在する意味なんかないでしょう。
僕が人の幸せの邪魔をしたり、壊してしまったりするなんて、絶対にあっちゃいけないことです。

いっそ生まれてこなきゃよかったって思いました。
そしたら、兄さんだって、もっと自由に、もっと自分の生きたいように生きることができていたはずなんだから。
僕は、生きて存在するだけで、兄さんを苦しめていた。
生まれた瞬間から、兄さんの お荷物だった。
生まれてきさえしなければ、僕だって こんなつらい思いはせずに済んだのにって思った。

でも、僕は こうして生まれてしまったんだから、命を与えられてしまったんだから――そうしたら、僕にできることは氷河の前から消えることだけでしょう。
いいえ。死ぬ気はないんです。
僕が自分の意思と力で生んだものではなく、誰かに与えられた命を、僕の勝手で消してしまうことが罪だということはわかってます。
僕だって、そこまで傲慢じゃない。
ただ、氷河の前から消えたいだけ。

でも、僕には故郷も家もなくて、第二の故郷のアンドロメダ島も失われてしまったから、だから、ここに来たんだと思います。
ここは、兄さんがいなかったら、僕が死んでいたはずの場所なんです。
僕のお墓になっていたはずの島……。

ここに お住まいのあなたに、不吉なことを言ってしまってすみません。
僕のお墓どころか――この島は生きていて、変化し続けているんですね。
この島も、僕の居場所ではないみたい。
僕は、これから いったいどこへ行けばいいのか――。

どうして……どうして僕は、こんなふうに、人を悲しませ、つらい目に合わせ、不幸にしたり、迷惑をかけたりすることしかできないんだろう……。
僕は、多くのことは望んでいないつもりです。
ただ、僕のせいで不幸になる人がいさえしなければ、それだけでいい。
そういう世界が実現してくれさえすれば、僕は自分を とてもいい人間だと思うこともできるんです。
なのに、なぜ――。
なのに なぜ、そんな小さな望みが叶わないの――。






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