「氷河、夕べはどうしたの。どこかで事故にでも巻き込まれたの」 夕べは一睡もしていないという様子の瞬に心配顔で尋ねられた氷河は これから自分が言おうとしている言葉に、些少でない罪悪感を覚えたのである。 ここで、『いったい、夕べは誰と一緒だったのっ !? 』と怒鳴りつけてくれるような瞬だったなら、こんな罪悪感に苛まれる必要もないのに――そもそも朝帰りの振りをする必要などないのに――と、苦い気持ちで思いながら。 「悪かった。当初は昨日のうちに帰る予定だったんだが、成り行きで こういうことになってしまった。ああ、心配は無用だ。絵梨衣はちゃんと星の子学園まで送ってきたからな」 「あ……絵梨衣さんと一緒だったの? 事故や事件に巻き込まれたのでなかったのなら、それでいいんだけど……二人が無事なら、それで……」 「――」 せめて、『絵梨衣さんと何をしてたの』くらいのことを訊いてもらえないと、話が続かない。 氷河は、彼にしては辛抱強く、瞬がその言葉を口にしてくれるのを待ったのである。 しかし、待てど暮らせど、瞬はその質問を発してはくれなかった。 最初のうちは、初めての朝帰りをされたショックのせいで そんな疑念も思いつけずにいるのだろうと考えていたのだが、朝帰りの衝撃が薄れたであろう頃になっても、瞬は 一向に その件に触れようとはしなかった。 焦れた氷河が 折りに触れて さりげなく絵梨衣の名を出しても、瞬は、妥当かつ自然と思われる その質問を決して発しようとはしなかったのである。 瞬は、氷河に何も――本当に、何も――言わなかった。 それだけならまだしも、朝帰りをした(ことになっている)男にとっては奇怪なことに、瞬は その態度を変えることもしなかった。 夜、氷河が瞬の部屋に赴き、その身を求めると、瞬は何事もなかったかのように 大人しく素直に その身を氷河の手に委ねてくる。 朝帰りの日以降も これまで同様――これまで以上に――瞬は氷河に従順で、氷河の愛撫に喘ぎ、乱れ、氷河の下で 感極まって失神することさえした。 氷河自身は特別なテクを仕入れたわけでもなかったので、瞬の中で何かが変わったのは事実のようなのだが、氷河が尋ねても、瞬は やはり何も言わなかった。 まさか瞬が恋人の浮気を性的な刺激として活用していると考えることもできず、氷河の困惑は深まるばかりだったのである。 「んっ……あっ……ああ、あああ……!」 恋人の心のありかなど、どうでもいいと思っているのか、恋人を信じているのか、恋を諦め見切っているのか。 氷河の下で切なげに身悶える瞬の姿は、これまでより頼りなげで、瞬は氷河に何をされても、文句ひとつ言わなかった。 以前のように羞恥に逃げようともしない。 瞬が変わったのは確かな事実なのだが、瞬は決して その訳を氷河に知らせようとしない。 瞬の気持ちを読み切れず 苛立った氷河が、エリスに駄目押しを頼んだのは、彼が“奥義・朝帰り(の振り)”を繰り出してから、1週間以上の時間が過ぎた ある日のことだった。 |