「おまえは、あんな下賎な男に王位を奪われたのか !? そんな非道、そんな無秩序は許されない。俺がおまえの王位を取り戻してやる!」 現在の地獄の王の不愉快な気配が遠ざかっても、氷河が彼に感じた不快感は消えなかった。 この不快な気持ちを完全に消し去るには、この世界に正しい秩序を取り戻すしかないと考えて、氷河は瞬に そう宣言したのである。 残念ながら、瞬は、氷河の断固とした宣言を全く喜んでくれなかったが。 「そんなことしなくていいんだよ、氷河」 「しかし、この世界を統べる力と権利を持った真実の王がこんな不遇に甘んじ、あんな下劣な男が我が物顔で この世界を治めているなどという事態は、絶対にあってはならないことだ。正当な権利と力を持った者が正当な地位に就いていなかったら、誰が地獄の民を正しい道に導くんだ!」 「僕が導いたりなんかしなくても、人は みんな優しいよ。あの王様も、敵には厳しいけど、自分に近しい人たちには優しいんだよ。王様が やたらに国境を気にするのは、王子様に継がせる領土を守ろうとしているからなんだって」 「それが敵に厳しいことへの言い訳になるか! 敵が邪悪の者だというのならともかく! だいいち、敵とは何だ。あの男の敵は、あの男が自ら望んで作っている敵だろう。あの男が起こしてる戦は無益な戦、しなくていい戦いだ!」 「いいから! おまえが変なことすると、村の者が全員 どんなお仕置きされることになるか わかんねーんだよ! おまえ、絶対、何もすんなよ! 絶対だぞ!」 理と節を通そうとする氷河の考えには、瞬だけでなく星矢も反対らしかった。 聞き分けの悪い子供をなだめるような星矢の その口調に、氷河は大いに憤慨したのである。 その力と権利を持った者が正当に王位に就き、この世界を醜悪にしている者たちを駆逐しなければ、この世界は神々によって完全に消し去られてしまうのである。 その事態を避けるためになら、多少の犠牲はやむをえない。 そのために犠牲になる醜悪な者たちの中に、些少とはいえ善良な部分があるのだとしても、それは この世界を守るために切り捨てなければならないものなのだ。 そういう結論に達してから、氷河は、自分のその考えが神々のそれと全く同じものだということに気付いて、愕然としたのである。 もとより氷河は、地獄を滅ぼし去るという神々の考えに反対なわけではなかった。 しかし、この世界には瞬がいる。 瞬や星矢、そして、彼等の周囲にいる 非力ではあるが善良な多くの人々。 この世界は決して 漆黒の闇に覆われた腐臭漂う醜悪な世界ではない――そういった悪いものばかりでできているわけではない。 この世界には、確かに光が存在していた。 氷河は、その光の源たる瞬を消し去りたくなかった。 僅かでも希望があるのなら、この世界を消し去るべきではない。 今では氷河は そう思うようになっていた。 |