聖闘士になった仲間――心も身体も強くなったはずの仲間――に、目の前で大泣きされてしまった氷河は、それ以降、腫れ物に触るような態度で瞬に接するようになった。
おそらく、また瞬に泣かれることを恐れているのだろう。
何か言いたいことがあっても、直前で その言葉を飲み込んでしまうような素振り。
到底 氷河らしいとは言い難い そんな態度を、瞬は幾度も目にすることになった。

おかげで、瞬は、兄に会えず、(瞬が知る)氷河にも会えない日々を無為に過ごしながら、同時に、無神経で大雑把で陽気で軽率な人物を(現実の)氷河の前で装うという、面倒なことをしなくてはならなくなってしまったのである。
瞬が その面倒なことを始めたのは、彼の前で突然号泣した仲間は 詰まらぬことで泣きわめく軽率な人間なのだと、氷河に思ってもらうため、そうすることによって、氷河の心中の警戒心や不信感を消し去るためだった。
しかし、瞬の努力は、ほとんどが徒労に終わり、目に見えるほどの成果には なかなか結びつかなかった。
氷河は、瞬の涙を警戒する態度を なかなか消し去ってはくれなかった。

だが、氷河は、これから同じ家で起居を共にする仲間、そして、もしかしたら 同じ目的のために協力し合うことが求められるようになるかもしれない仲間である。
瞬は せめて、自分のせいで二人の間に生じた ぎこちなさだけは取り除いてしまいたいと思っていた。
それが自分の義務だとも思っていたのである。
たとえ、自分の(夢の中の)氷河を取り戻すことは叶わなくても。

だから、瞬は、グラード財団がギャラクシアン・ウォーズなる見世物興行の計画を立てているという話を聞かされた時も、深くものを考えていないふうを装い、珍奇なイベントに軽率に興味を抱いている振りをしてみせたのである。
「バトルはトーナメント制なの? 対戦相手って、どういうふうに決めるのかな。再会できたばかりの仲間たちを戦わせて、財団には どんな益があるっていうんだろ。星矢や紫龍たちと戦うのは、僕、あんまり気が乗らないよ。氷河とは 特に戦いたくないな」
「自分が勝てるという自信があるからか? 実に おまえらしいことだが、俺の力を見くびってもらっては困る」
どこかで聞いた言葉だと思いながら、瞬は慌てて、氷河の前で首を横に振ったのである。

「そんなつもりで言ったんじゃないよ。僕は、氷河がどんな戦い方をするのか想像できないから、そう思っただけ。星矢や紫龍は大体 察しがつくんだけど。星矢は陽気に猪突猛進、紫龍は緻密。でも、氷河はそのどちらもありえそうで、今ひとつ掴みにくくて。僕は、根拠もなく、自分の方が氷河より強いだなんて思わないよ」
「戦い方を察することのできる奴とは戦う気になれず、戦い方が定かでない相手とも戦いたくないというわけか? それは、誰とも戦いたくないということ――これから おまえの前に現われる どんな敵とも戦いたくないと言っているようなものだぞ」
アテナの聖闘士たちの前には、これから“敵”と呼ばれる者たちが現われることになるだろう。
氷河はそう言っていた。
それで、瞬の気持ちは暗く沈むことになったのである。

「その上、自分が勝てるとわかっている相手とは戦いたくないんだろう? おまえは いったい誰となら戦う気になれるんだ」
「おい、氷河。瞬が戦いたくない“瞬が勝てるとわかっている相手”ってのは、俺や紫龍のことなのか? それこそ、俺たちの力を 見くびってもらっちゃ困るぜ」
氷河の言う“瞬が勝てるとわかっている相手”を“戦い方を察することのできる相手(= 天馬座の聖闘士と龍座の聖闘士)”と解したらしい星矢が、横から不満そうに口をはさんでくる。
氷河が 少し慌てた様子を見せたのは、彼が、“瞬が勝てるとわかっている相手”と星矢・紫龍を結びつけて考えていなかったからだったろう。
星矢の誤解に気付いて、彼は慌てることになったのだ。

「いや、俺の言う“瞬が勝てるとわかっている相手”というのは――」
「僕が勝てるとわかっている相手っていうのは――?」
瞬に問われた氷河が、僅かに口許を引きつらせる。
その時には、瞬には既に、氷河の言う“瞬が勝てるとわかっている相手”が誰なのかということに気付いていた。
氷河は、瞬がアンドロメダ座の聖衣を手に入れるために戦った相手のことを言っている。
氷河は、アンドロメダ島での瞬の修行仲間を知っているのだ。

「氷河、レダって 知ってる?」
知っているのに知らない振りをしようとする氷河、憶えているのに憶えていない振りを続ける氷河を 責めるつもりはなかった。
瞬はただ、二人で過ごしてきた6年間を、氷河がどうして憶えていない振りをするのか、その訳を知りたいだけだった。
瞬に問われた氷河は、一瞬たじろぐ素振りを見せると、やがて 掛けていたソファから立ち上がった。
問われたことに答えを返さず ラウンジを出ていく氷河を、瞬はすぐに追いかけたのである。
『レダ』という名に心当たりも聞き覚えもない星矢と紫龍を その場に残して。






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